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その秋のドラフト会議で、阪神タイガースは、高山貴史を1位指名した。
多くのスポーツ記者たちは、彼の名前すら知らなかった。それもそのはず、高校時代は陸上で活躍していて、甲子園とは縁遠い存在だったからだ。
今年のドラフトの目玉は、甲子園で優勝した高校のスラッガー、松方だった。彼がどのチームに行くか、話題は彼ひとりに集中していた。その松方は、ジャイアンツがくじを引き当てていた。
それはともかく、突然のドラフト指名に、貴史は驚くとともに心を決めかねていた。プロ野球をやるか、建築家の道をすすむか――。

ドラフト会議のあと、彼の下宿に村松博士と小津球団社長が訪れた。
「きみの意志を確認せずに指名したことは、あやまるよ。でもタイガースにはきみのような選手が必要なんだ。ぜひともタイガースに来てください」
小津は改まった口調で言うと、丁寧に頭を下げた。
「待ってください。小津さんに、そんなに改まって言われると――ぼくは正直言って迷っています。前にも言ったように、ぼくは建築家の夢をもっています。でもまさか、ぼくのような人間が1位で指名されるなんて」
村松博士が言った。
「貴史くん、きみなら1位指名の価値はじゅうぶんにあるよ。わたしが保証する。なにせきみは、わたしの持っているデータの中では、100年に1度あらわれるかどうかの、すばらしい才能の持ち主なんだから」
「先生、100年間もデータを取り続けていたんですか?」
「――」
村松は貴史の顔をにらみつけた。それから気をとりなおして言った。「統計上の推測だよ。とにかく、きみが野球を続けるのなら、わたしも及ばずながらサポートする」
「すこし考えさせてください」
貴史は慎重に言った。

そのとき、小津が口を開いた。
「まだ公表していないが――来年は大川さんに、チームの采配を振るってもらうように交渉しているんだ」
貴史も村松も驚いた。それまでタイガースの監督は、タイガース出身者に限られていた。それが、タイガースとは縁のない、それもパリーグにしか在籍経験のない大川監督だとは。
「まさか――」
貴史はつぶやいた。
「その、まさかだよ。前にきみが言ってただろう、タイガースに大川さんを迎えたら、面白くなるって。オーナーの八馬会長もおおいに乗り気なんだ。きみと大川監督、来年のタイガースは、きっとおもしろくなるぞ」
「――」
貴史は、あ然として小津社長を見つめた。



「友見、さんざん考えたけど、おれ、タイガースに入ろうと思っているんだ」
貴史は友見といっしょのベッドにいた。二人は愛をかわして、やっと呼吸が平常にもどったところだった。
「悩むことないじゃない。当然でしょう」
友見はケロッとして答えた。
「当然って――どうしてだい?」
「だって、貴史はスポーツもミュージックも――建築の勉強も、全部やりたいって欲張ってるけど、あなたは野球のユニホームが一番似合ってるわ」
「なんだ、単純な理由だな」
「シンプル・イズ・ベストよ。今までよく言ってたでしょう。――それとも、案ずるより生むが易しだったっけ」
「でも、友見はアメリカに行くんだろう?」
「そうよ。わたしの夢はブロードウエーの舞台に立つこと」
「だったらおれも、アメリカに留学するよ。友見のそばにいて、建築の勉強をするんだ」
「何言ってるのよ!」
友見が厳しい口調で言って、貴史をにらみつけた。「いつまでも、恋愛ごっこをしている場合じゃないでしょう?自分の生きる道は、自分で決めるべきよ。あなたが一番望む道を、胸に手を当てて、よく考えてごらんなさい。――貴史、あなたを愛しているわ。でも時間はいくらでもあるのよ。だから今は、自分がやりたいことだけを考えるのよ」
貴史は友見のしっかりした考え方に感心した。それとともに、いつまでも彼女に頼ろうとする、自分の甘ったるい考えが恥ずかしくなった。
彼は自分の気持ちに素直になって、思っていることを友見に打ち明けた。
「わかった。やっぱり、一番続けたいのは野球だ。おれはタイガースにいくよ。でも、途中で落ちこぼれないように、おれを応援してくれよ」
友見は優しく微笑んだ。そして、きっぱりと言った。
「貴史なら大丈夫よ。あなた、転んでもただでは起きない男でしょう?」

阪神タイガースとの入団仮契約をすませた貴史は、学業のあいまに、村松博士の作ったメニューによる、独自のトレーニングを開始した。
それは、彼が大学の野球部にいたときでも、こなしたことがないほど、きついトレーニングだった。毎朝6時に起床すると、まだ日の明けきっていない六甲山の麓の坂道を10キロ走った。
授業の合間には握力強化とウエートトレーニング。授業の終わったあとの夕方の練習では、後輩たちを相手にピッチングの練習をした。
あまり練習しすぎて、彼は肩に違和感をおぼえていた。
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