(後輩)
一年ぶりに訪れたその店は、まったく変わっていなかった。入り口の重厚な木彫りのドアも、カウンターの奥の熟年バーテンダーたちも。
英国のパブを想わせるこの店は、私のお気に入りだ。古めかしくて、優雅で、そして秘密めいている。
ふたりの従業員たち――愛想のよい丸っこい体つきの初老男と、上品な顔立ちのほっそりとした老人――彼らは優雅で礼儀正しかった。
ふたりはどういう関係なのだろう?
私はこの店に来ると、いつも気になった。ふたりの間には、態度には出さないが、ある種の親密な絆が感じられる。
私は奥のカウンターに腰を落ち着けると、前の鏡を通して、店内にいる客たちを慎重に観察した。私のいつもの習性だ。
頭の薄くなった熟年が大半だが、隠居してなお矍鑠とした爺さんもいる。服装もまちまちだ。地味なスーツを着た者もいれば、カジュアルな服装をした者もいる。しかし彼らに共通して言えるのは、どの男も物静かで優雅なことだ。
私はこのひとときが好きだ。
誰にも邪魔されず、くつろいで杯を傾け、鏡に映る客たちを密かに眺めているとき。
私は東京の大学を出て、関西の会社で35年間勤めあげ、現在は大阪難波で小さなお好み焼き屋を営んでいる。口の悪い友人は、年寄りの冷や水と言うが、店はけっこう繁盛している。
年に一度開かれる大学同窓会には、関西から上京して毎年出席していた。なつかしい顔ぶれに会い、旧交を温め、その余韻をもって、ひとり、この店でくつろぐ。
私にとって、一年間でもっとも凝縮された一日だ。
ここに来ると、何か素敵なことが起きるのでは、という期待がある。そして、ぞくぞくする泡立つ気持ち――もっとも、これまで何も起きたことはないが。
さきほどから、隅のテーブルにいる、白髪の紳士と頭の薄い紳士が気になる。
その二人連れは、ひっそりと話しながら、おたがいの目を見つめ合っている。まるで恋人同士のようだ。仕事上のお付き合いだろうか、それとも愛を確かめ合っているのか。
でっぷりとした肉体とほっそりとした肉体が、ベッドの上でからみあう痴態を想像した。――腰の周りが熱い靄で覆われてくる。
心地良い酔いが全身にいきわたり、想いは移ろった――。
私は素裸で男性と抱き合っていた。男の顔は影になって見えない。
ぴっちりと合わさった肌から熱気が伝わり、息苦しいほどの興奮が全身を押し包む。
力強い手が、私の体を愛撫する。
胸から腹へ、腰から尻へ、しなやかな指が這い進むにつれ、蟻の門渡りから菊座、背筋に沿ってぞくぞくと快感が走る。
私も手を伸ばして、直立した陰茎をつかむ。
太くて、熱くて、そしてドクドクと脈打っている。
口に含み、うっとりとして舌を這わせる。
いつしか四つん這いになっていた。大きく脚を広げ、迎え入れる体勢をとる。
男が滑らかに入ってきた。
つるり、つるり、太くて熱いものが、背後を押し広げながら行き来する。
私は快感に善がり声をあげた。
気がついたとき、初老のバーテンが心配そうに私の顔をのぞきこんでいた。
いつのまにか、カウンターにもたれて眠り込んだようだ。
私に異状がないのを見て、バーテンはホッとしたように言った。
「びっくりしましたよ。なんだか、うなされていましたから」
飲み過ぎたようだ。そろそろホテルに引き上げる潮時だ。
私は腰を浮かしかけた。
そこで、鏡に映った人物を見て、動きをとめた。
なんとなく見覚えがあった。私と同年輩か少し若いくらい。重量級の堂々とした体格をしている。チェック柄のシャツとジャケットの軽装で、分厚い胸板や太い二の腕が、容易に見て取れる。
――淡い期待がふくらんだ。
鏡のなかの男をしげしげと見る。年相応に肉がついた顔が、ほれぼれするほど精悍な男の覇気を感じさせる。
そして奇跡が起こった。その男が、鏡の中の私に向かって、微笑みかけたのだ。
(先輩)
「同窓会でお会いしましたね」
俺は、カウンターのフケに向かって、背後から声をかけた。
フケが振り向いた。ロマンスグレーの頭髪と色白の顔が、黒のスーツによく映えている。間のあいた眉毛がわずかに吊り上がり、深い二重目蓋のつぶらな瞳が、思い出そうとするように、こちらを見つめかえす。
俺は名乗った。
「格田です。歳はあなたより2年先輩だが、1浪1留、卒業年度は同じです」
途端に、フケの顔が思い出したように、ほほえんだ。上品な唇のすき間から、小粒の白い歯がこぼれる。思わず引き込まれるような、可愛らしい笑顔だ。
「ああ、失礼しました。ラグビーで活躍されていた、格田さんでんね。お会いできて光栄ですわ」
男は、はんなりと言って、慌てたように付け足した。「あ、私は宮原です」
「ええ、存じています。私はスポーツ漬けの生活だったので、あなたとあまり面識はありませんが、ゼミの内田教授から伺っています。あなた
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