第4章 極上の柔らかみ
私は福岡支店に7年間いた。その間、母の強い勧めで結婚した。相手は、実家の近くに住む日本舞踊家のひとり娘だった。私が母の勧めに従ったのは、その女が気に入ったからではなく、女の父親に魅かれたからだった。
内尾は妻に先立たれた50代半ばの男で、中肉中背のしなやかな体つきをしていた。歌舞伎役者のように整った顔立ちと、どことなく中性的な甘いムードがある。それに日本舞踊の師匠だけに、その立ち居振る舞いはしっとりとして、一種独特の品があった。
私は親子となったこの魅力的な義父に、密かな想いを抱いた。いずれは親密な関係になれるのではないか。そんなことを夢想していた。
妻は父の助手として踊りを教えているので、家から離れるわけにいかず、ふたりの実家に近いところで新居を構えることにした。
私が自宅から会社に通うのは遠すぎた。その結果、平日は福岡の単身者用賃貸マンション、そして週末は自宅、といった二重生活が新婚当初から続いた。
そのこと自体は、私にとって好都合だった。川井や後藤とこれまで通り、お付き合いができるからだ。
福岡で生活している間に、ふたりの子供が生まれた。いずれも女の子だった。
ここでの7年間の生活は、私にとって一番懐かしいものだった。地方都市特有のゆったりとした時の流れ、のどかな風物、そこに住む人々の暖かい気質――そして、二人の子供を持った喜び、その裏で密かに付き合った二人の年配者たちとの情交――。
しかしサラリーマンである以上、いずれは異動の時がやってくる。
東京転勤が決まった時、妻と話し合った結果、私の単身赴任となった。いずれは日本舞踊の名取となることが半ば決まっていた妻のため、二人の子供の教育のため、そしてひとりで生活する義父のため、諸々の要素が重なり合った結果だった。
――◇――
東京本社に赴任してから、私はすっかり男色から遠ざかった。福岡のふたりの年配者たちと培った男色道は、過去のものとなっていた。
私は毎日仕事に邁進し、そして社内の地位も上昇した。どうやら私には、年配男性を惹きつける何かがあるのか、重役たちの覚えも良かった。
入社して15年後、私は部長代理になっていた。
ある日、偶然にもなつかしい人物に出会った。大学時代、私が上野に住んでいたころに交流のあった朝倉だった。
最初は朝倉と気づかなかった。広い交差点を渡っているとき、大勢の人ごみにもかかわらず、なぜかひとりの老人が目についた。ノーネクタイの白いカッターシャツに細身のスラックス、小柄だが均整のとれた体つきをしていた。私は思わず振り返った。そのとき、通り過ぎた老人も振り返ってこちらを見た。
(ひょっとして)
私は老人に声をかけた。
「失礼ですが、朝倉さんじゃないですか?」
老人の顔がなごんだ。
「ああ――上野のときの――学生さん」
彼は名前を思い出そうとするように、小首をかしげた。
私は自ら名乗った。
「磯村鉄平です。あのときは、ずいぶんお世話になりました」
とりあえず、近くの喫茶店に入って話をした。
朝倉は年を取って、以前の艶福家らしい覇気が感じられなかった。白い頭髪もすっかり薄くなっていた。それでも、男の甘いムードは残っていた。
「あなたは貫禄がつきましたね。何歳になりますか?」
「もう38歳です。自分では、学生時代とそんなに変わっていない、と思っているんですが――」
「いやいや、私が言ってるのは体つきのことじゃない。あなたの雰囲気です。あなたには男の覇気がにじみ出ている。まさに男盛りって感じです」
私は照れた。
「朝倉さんこそ、まだまだ、お若い」
私は意味ありげにウインクした。「まだ現役なんでしょう?」
朝倉は謎めいた笑みを返した。
「70のじいさんですよ。もう肝心のモノはいうことをきかない」
そしてひそひそ話をするように、声を落とした。「でも、別の楽しみを見つけました」
「別の楽しみって何ですか?」
私は訊いたが、朝倉はその質問に答えず、おっとりと微笑んだ。
「あなたは韮塚さんを覚えているでしょう?中華料理店の店主ですよ」
私はうなずいた。学生時代、肛門性交を初めて経験した相手だ。
「覚えています。あなたと仲がよかったですね」
朝倉がおだやかに笑った。
「最初はね。でも私が転勤したあとは、あなたと親密な仲になったのでしょう?」
(――知っているんだ。でも、なぜ?)
私の疑問に答えるように、朝倉が言った。
「いつだったか、韮塚さんが私の転勤先に訪ねてきてね。そして、あなたのことも話してくれました。あなたは彼を慰めてあげたでしょう?彼は言ってましたよ、あなたのお道具は立派すぎて、苦しかったって」
私は、顔を赤らめた。
朝倉が言った。「どうです、これからホテルに行きませんか?」
それから、とまどう私の顔を見て言った。「私が覚えた別の
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