第2章 老いらくの情事
ぼくが下宿したのは、3階建ての小アパートだった。1階には、平田という名前の家主が住んでいた。退職した高校教師で、子供はおらず、長年連れ添った老夫人とふたりきりの生活をしている。
平田はぼくの父親と縁続きというだけあって、古い写真に残る亡父となんとなく似ている雰囲気があった。夫婦ともに60代後半、背が低く、いかにも温厚そうな顔をしている。彼らはぼくに対して、孫のように接してくれた。
親元を離れた東京での生活は、自分でも驚くほど早く順応できた。
朝7時の起床、大学の授業――。クラブ活動には参加せず、雑多なアルバイトをやった。東京の街は、働き口に事欠かなかった。飲食店、運送業、子供の家庭教師――ちょっとした小遣い稼ぎは、いくらでもあった。
新生活は、学業とアルバイトが主要な比重を占めていたが、老家主との交流は、そんな生活の中でちょっとした味付けになっていた。
平田は縁続きということもあって、なにかとぼくの世話を焼いてくれた。ときどき外で飯を奢ってくれたり、学業の参考になりそうな本を貸してくれたりした。68歳になるが、ぽってりと太った体は老いを感じさせず、健康そのものだった。
また、張りのある小ぶりな顔は、年齢よりずっと若く見えた。肉づきの良い丸顔、薄い眉毛と団子鼻、血色のよい唇――。その風貌は、なんとなく髭のないサンタクロースを想わせた。
平田はどちらかというと無口なほうだった。しかし、アルコールの入ったときは違った。警戒心を解いて、日ごろ隠している思いを、おもてに出すことがあった。
「鉄平くん、もっと世の中を知らなくちゃだめですよ。たとえばホモセクシャルなんて、日本では異端と見做されがちだけど、欧米ではごく当たり前のことだよ」
「知っていますよ、日本でも歴史に出てきます。浮世絵に描かれた江戸風俗――あの頃は陰間って言うんですか、若い色子が旦那衆に寵愛されたそうですね。それにその種の有名な話では、信長と小姓たちの例があります」
ぼくは、上野の旅館で年配客に聞いたことを、知ったか振りしてしゃべった。
とたんに平田は嬉しそうに、ぽっちゃりとした体を乗り出して、
「ほう、鉄平くんも意外とその方面は詳しそうだな。じゃあこんなのを知っているかい?ギリシャでは、父親が息子のお尻を掘って、大人の仲間入りの教育をするって――」
そんな話を冗談めかして言うと、老人は、そっとぼくの股間のあたりをうかがうのだ。
ぼくは偶然、この年配者の秘密を知ることになるが、それを話す前に、まず、北田という老人のことを話しておかなければならない。
北田は年のころ60代前半、同じ町内に住む教育者で、妻に先立たれた男やもめである。彼はいくつかの大学の講師をかけ持ちでやっていて、週に何度か、ぼくの大学にも数学の講義にやってきた。
彼の年代にしては背の高い、恰幅のよい老人だった。鷹揚な物腰をして、殿様風の立派な鼻が印象的だった。
いつだったか北田の授業のとき、横の席にいた男子学生が、ぼくにそっとささやきかけた。
「あの先生、でかい鼻をしてるだろう。鼻がでかいと、アレもでかいらしいぜ」
その生徒の言ったことは憶測に過ぎないが、事実、この年配の教職者が大きな持ち物をしているのを、ぼくは知っていた。と言うのも、何度か銭湯で、この老人と行き合わせたことがあるからだ。
そんなときこの老人は、脱衣場の片隅で、前を隠しもせず、堂々と柔軟体操をすることがあった。肉付きのよい豊満な体格と、それに比例した立派な男のお道具――。屈伸運動につれ股間で重々しく揺れ動く逸物は、すっぽりと生白い薄皮で覆われていたが、特大のフランクフルト・ソーセージのように、図太いしろものだった。
ある日、ぼくは家賃を払うために、一階の大家の部屋を訪れた。夫人は小旅行に出かけていて、平田ひとりだということは事前に分かっていた。
ところが、いくらチャイムを押しても、大家は出てこない。
実は、たまたまチャイムが故障していたのだが、そのおかげでぼくは、平田の秘密を知ることになる。
大家が外出していると思い、出なおそうとしたぼくは、ためしにドアのノブを回してみた。驚いたことに、ドアには鍵が掛っていなかった。
不審に思って、玄関ドアをそっと開けてみた。大家の履物らしい小さなサンダルと、大きな男物の革靴が、上がり框のところにあった。
そのとき、すすり泣くような声が奥から聞こえてきた。ごくかすかな声だったが、静まりかえった室内では明瞭に聞こえた。
ぼくは一瞬ドキッとしたが、思いきって室内にあがった。
薄暗い廊下の奥に進み、リビングに入ったとき、異様な気配を感じ取って、にわかに緊張した。リビングに面した襖越しに、押し殺した息遣いと、熱気をおびた一定の律動が伝わってきたのだ。
ぼくはまだ童貞だったが、襖の向こ
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