第1章 予兆

第1章 予兆

入学式の二日前、ぼくは新幹線から山手線へと乗り継いで上野駅で降り、予約していた宿を探していた。下宿先は決っていたが、荷物が翌日到着する予定だったので、一晩だけ旅館に泊まることにしたのだ。
夕闇が迫るにつれ、風が出てきた。
最前から地図を頼りに目指す宿屋は、なかなか見つからなかった。ぼくは路上から舞い上がる埃を避けるように、コートの襟をかき寄せた。
ようやく探し当てた宿屋は、まだ戦後の古い面影を残す狭い路地にあった。建物自体も周囲の環境に溶け込んで、まるで時代劇にでも出てきそうな古い木造家屋だった。

「でも、相部屋だなんて聞いていませんでしたよ」
宿屋の玄関先で、ぼくは憤慨していた。
物腰の柔らかな中年の親父は、丸っこい体をますます丸めて、申し訳なさそうにぼくのほうを見ながら言った。
「ほんとうにすみません。春のこの時期ですからお客さまが多くて。宿代はお安くします。どうかご勘弁ください」
親父は血色のよい顔を曇らせて、鼻にかかった猫撫で声で言う。それから揉み手をして、へりくだった態度でぼくを見上げた。
今さら他の宿を探すあてもなく、結局、ぼくは承諾するしかなかった。
部屋に案内する親父の後をついて行きながら、ぼくの怒りはまだ納まっていなかった。
目の前で揺れ動く肉づきのよい尻を見ていると、よっぽどその尻を蹴飛ばしてやろうかと思ったくらいだ。
親父は部屋の前で声をかけて、ドアを開けた。
50年配の小男が、下着姿で浴衣の袖に腕を通していた。その客は、相部屋になることを前もって聞いていたのか、リスのような目で素早くぼくを観察し、人懐っこく微笑んだ。
「やあ、大薗です。よろしく」
ぼくは年配者と同室で寝泊まりすることに、なんとなく気後れした。なにしろ実家では、祖父が死んで以来、成人した男性がいなかったからだ。
そんなぼくの思いを知る由もなく、男はタオルを持って部屋を出ていった。廊下をよちよちと歩くその後ろ姿は、幼児のようにあどけなかった。
宿屋の親父は、これで一件落着というように、揉み手をした。
「お客さまもお風呂に入られてはどうですか?今夜は冷え込みますから、ゆっくりと温もってください」

ぼくは親父の勧めにしたがって、風呂場に行った。
浴室は、湯気でもうもうとして薄暗く、そして狭かった。先客は3人いたが、それだけで狭苦しく感じるほどだ。
タイル貼りの浴槽に入ると、冷え切った体に、しびれるような湯の熱さが染み込んできた。ぼくは首までどっぷりと浸かった。
ほどなく、体の芯まで暖かくなって、泥湯に浸り込んだようにのびのびとしてきた。その気分は、風呂場の狭さを差し引いても余りあるほどだ。
一息ついて洗い場を見ると、長身の若者ふたりに挟まれて、大薗と名乗った小男の生白い裸体が目に入った。痩せて浅黒い若者たちの間で、年配者の柔らかみをおびた白い肉体は、一段と目を惹いた。
そのうち、先に洗いおわった若者たちが、立ち上がって湯をかぶった。それにつられたように小男も立ち上がり、一歩下がって片足を椅子にかけ、股間をていねいに洗い出した。
若者たちのモノが、先細りの白ネギやチンチクリンの巻貝に見えて、チビ男のモノは、長大で図太くて、実力者のものうげさでどっしりと垂れさがっている。幼児のように頼りない体の中心部で、これだけは正真正銘のおとなの持ち物だった。それを若者たちより頭ひとつ背の低い年配の男が、なんの驕りもなくぶら下げているのだ。
若者たちもそれに気づいたようだ。彼らはギョッとしたように横を見下ろし、とたんにそそくさと洗い場から出て行った。

ぼくは小男の大きな逸物を見て、少し親近感を覚えた。なにしろぼく自身、持ち物の大きいことに、肩身の狭い思いをしていたからだ。
ぼくは湯船から出て、男の横にそっと腰掛けた。
「やあ、先ほどは」
男の声に、ぼくは横を向いた。
途端、先ほど目にした逸物が、アップで目に入った。
間近に見るそれは、生々しく包皮がめくれ、グロテスクなほど頭部の肉が盛り上がっている。そこから引き剥がすように目をあげると、無邪気な笑顔がぼくを見下ろしていた。
「相部屋のよしみです。背中を流してあげますわ」
男は小さな体を乗り出して、ぼくの目の前から風呂桶と石鹸をとった。そのとき、すばやくぼくの股間に視線を走らせるのに気づいた。

「立派な体格をしてますな」
男はぼくの背中を洗いながら言った。背中に触れる小さな手の感触が、こそばかった。
「なにかスポーツでもしているの?」
「ええ――陸上競技を――」
「どうりで。学生さんなの?」
ぼくは、男のなれなれしい質問に苛立ってきたが、丁寧に答えた。
「明後日、入学式があります」
「へーえ、新入生なんだ。どこから来たの?」
「九州――福岡県です」
「九州男児か。じゃあ初めて親元を離れたんや
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