(八)義父の家出
翌朝、俊和は藤森のマンションから、直接会社に行った。眠りについたのは深夜二時ごろだったが、意外にも目覚めはすっきりしていた。
昨夜の痴態が思い出され、思わず顔を赤らめる。精力絶倫の木村によって、女のように後ろを犯されたのだ。
いま冷静になってみると、昨夜の行為は破廉恥きわまりなかったと思う。性の奴隷のように老人たちと交わったのだ。
(こんな生活を続けていいのだろうか?)
俊和は、自分が堕落への道を歩み始めたような気がした。
一方で、男色に対する考えは変わっていた。もはや罪悪感などなかった。男と男が愛し合う。それは人の営みの中で、ごく自然な形態のひとつだと思えるようになっていた。
その日、仕事が終わった後、俊和はまっすぐ家に帰った。外泊したことに後ろめたさを覚えていたからだ。
めずらしいことに長女が家にいた。
「きょうは早引けなの。カレーライスを作ったわ」
「で、おじいちゃんは」
「それが――」
長女は眉をひそめた。そのしぐさは義父にそっくりだった。「木村って人から電話があって、そのあと急に不機嫌になったの」
俊和はドキッとした。
(昨夜一緒だった、木村さんだろうか?)
「それで私が作ったご飯も食べずに、外に出かけたの」
時計を見ると七時半になっていた。
「何時ごろ出かけたのだ」
「うーんと、三十分ほど前かな」
「どこに行くと言っていた?」
「何も言わなかった」
長女は言ったあと、思い出したように付け加えた。「そうそう、電話のあと、破廉恥な奴だとかなんとか、独り言を言っていた」
木村は義父になんと言ったのだろう。俊和はあれこれ憶測をめぐらしたあと、なにくわぬ顔で長女に聞いた。
「ほかに、なにか言っていたかい」
長女は考え込んだ。
「なんかぶつぶつ言っていたけど――だまされたとか――海がどうとか」
娘はそれ以上思い出すことができなかった。
俊和は碁会所に電話してみた。今日一日、義父は来ていないと言う。そのほか心当たりに連絡をいれたが、義父はどこにもいなかった。
八時半を過ぎたころ、さすがに心配になってきた。ふと、妻が交通事故で死んだ夜のことが思い出された。長女の表情も同様のことを考えているようすだった。
俊和は頭を振って、不吉な思いを振り払った。
「ねえ、警察に連絡する」
長女がぽつりと言った。
「ああ」
俊和は生返事をした。なにかが頭の片隅に引っかかっていた。
(海がどうとか――。そうだ!お台場の公園だ。あのとき義父は、えらくあの場所が気に入っていた)
「真紀、おじいちゃんは出かけるとき、どんな服装をしていた?」
「うーんと、セーターを着て、その上にコートを着ていたわ」
以前お台場に行ったとき、義父はすこし寒そうにしていた。そこに行った可能性が強くなった。彼は長女に言った。
「真紀、ひとつだけ思い当たる場所がある。わたしはこれから車で行ってくる。おじいちゃんがそこにいなければ、警察に行方不明の届出をしよう」
俊和は車を運転して、お台場のほうに向かった。道路は比較的空いていたが、湾岸線に入るところで渋滞した。電車にすればよかったかと後悔したが、後の祭だった。
ようやく湾岸線に入れた。車は多かったが、流れていた。
(本当にお義父さんはお台場にいるのだろうか?)
車を運転する俊和の脳裏に、期待と不安が交錯した。
ようやくお台場に着いた。
俊和は、義父と来たとき食事をしたホテルの駐車場に車を止めた。そこから歩いて、公園に向かった。
ベンチに腰掛ける義父の後ろ姿を見つけたとたん、俊和は心底ホッとした。
義父はぼんやりと海を見ていた。
俊和は、まず携帯電話で娘に連絡をとり、おじいちゃんが見つかったことを知らせた。
「お義父さん」
俊和が声をかけると、義父はびくっとして振り返り、俊和の姿を認めると、すねたように顔をそむけた。
義父の横に腰かけて、俊和は黙ったまま海を見つめた。
しばらくして、義父に声をかけた。
「お義父さん――そろそろ帰りましょう」
義父はちょっと身じろぎしたが、なんとも言わなかった。
「さあ、お義父さん、どうしたのですか。風邪を引きますよ」
俊和は、義父の右腕を掴んだ。
義父は彼の手を振り払って、そっぽを向いた。
その反抗的な態度に、俊和は怒りを覚えた。
「さあ、真紀たちが心配していますよ。早く家に帰りましょう」
俊和はベンチから腰をあげると、義父の両脇に手を回して、強引に立ち上がらせた。
義父が身もだえして抵抗した。
「私のことは、ほっといてくれ!」
「そうはいきませんよ。さあ、駄々をこねていないで家に帰りましょう」
「うるさいっ!ほっといてくれって言っただろうが」
義父は俊和の腕を振りほどいて、にらみつけた。
さすがの俊和も、カッとなった。
「何を勝手なこと、言ってるのですか!お義父さんが行
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