(五)急展開

(五)急展開

藤森常務行きつけのバーに入ると、驚いたことに伊東老人がいた。一瞬、何かの悪戯かと思って、藤森のほうを振り返った。
藤森は、思い出そうとするように伊東を見ている。
伊東のほうも、驚いた表情で俊和を見ていた。老人には連れがいた。頭の禿げた六十年配の男性――俊和はふたたび驚いた。なんと、いつだったか義父といっしょにいた男だった。義父は確か、碁会所の知人だと言っていた。
あまりにも偶然が重なって、俊和は混乱した。
彼は伊東に向かって軽くうなずくと、カウンターについた。そして、前に寄ってきたマスターに聞いた。
「マスター、伊東さんは、ここによく来られるの?」
「ああ、あの素敵なご老人?今日がはじめて――キーさんのお連れです」
「キーさんって、本名はなんて言うの?」
「それは内緒。ここでは皆さん、愛称で呼び合うのがルールになっています。どうしても知りたいのなら、直接ご本人に聞いてください」
マスターは、そっとウインクして、ウイスキーのロックを作った。横から藤森が顔を近づけて、ささやくように言った。
「あなたはさっき、伊東さん、とおっしゃいましたね」
「ええ、私のホームコースのゴルフ仲間です」
俊和は隠しても仕方がないので、正直に答えた。そっと伊東のほうを見ると、老人もこちらのほうを盗み見している。
藤森が弾んだ声で言った。
「似た人だと思っていましたが、やっぱり伊東さんでしたか――明星銀行の」
「伊東さんが、明星銀行の関係者かどうかは知りませんよ」
俊和が言うと、藤森は目を輝かせて説明した。
「明星銀行の副頭取だった方ですよ。若い頃、お世話になりました――ちょっと失礼」
藤森は席を立って、伊東老人のほうへ近づいた。見ていると、藤森が丁寧に頭を下げ、ひとことふたこと言葉を交わしていたが、そのうち老人の横の席に腰掛けた。

俊和がひとりになったのを見て、さっそくマスターが近づいてきた。
「ああ、やっとミーさんとふたりきりで、話ができます」
マスターはいたずらっぽく俊和の目を見て、ついで藤森のほうを見た。
「フーさんとは、長いお付き合い?」
「ああ、仕事の関係で――かれこれ十年になるかな」
「うらやましい。でもお仕事の関係だけではないでしょう?」
マスターの言葉をどう受け止めていいのか、俊和はとまどった。
「隠す必要はありません。ここに来るお客さまは、皆さまお仲間なのですから」
マスターは、謎めいた笑みを浮かべた。「あの素敵なお年寄りとも、いい仲なんでしょう?気をつけなさい、フーさんに取られますよ」
マスターの言葉に、藤森のほうを見ると、ふたりの老人相手に会話を弾ませていた。
「どうです、今夜は私と付き合っていただけませんか?」
マスターが言った。その表情を見ると、まんざら冗談でもないようだ。
丸顔にこぢんまりとした目鼻立ち、つぶらな瞳がうるんで、夢見るように俊和を見ている。
おもわぬ申し出に、俊和はどぎまぎした。どう返答しようかと考えていると、横から声が聞こえた。

「お邪魔でなかったら、ちょっと横に座っていいですか?」
振り返ると、伊東老人と一緒にいた男だった。短い眉毛といたずら坊主のような目、よく日焼けした丸い額。六〇代後半のようだが、いかにも壮健そうに見える。
マスターが男のグラスを取りに行った。
男は俊和の横の席につくと、いたずらっぽく笑った。
「マスターに軟派されていましたか」
俊和が答える前に、飲み物を持ってきたマスターが代わって言った。
「キーさんこそ、ミーさんを軟派しようとしているのでしょう?」
そのとき、新たな客が店に入ってきて、マスターは席を離れた。

男がおもむろに聞いてきた。
「どこかでお会いしましたかな」
「ええ、本駒込でお会いしました。私の義父とご一緒でしたね」
「ああ――神谷さんの息子さんでしたね。私は木村です」
「あ、水原です。義父がお世話になっております」
「いや、こちらこそ。――お義父さんはお元気ですか」
返事をする前に、俊和は怪訝に思った。義父はよく碁会所に行っているのに、男とは会っていないのか?
彼の疑問に答えるように、木村は言った。
「ああ――神谷さんとは最近会っていません。私が碁会所をさぼっているものですから」
俊和はこの老人を通じて、義父のことをもっと知ろうとした。
「あのう――義父とのお付き合いは、長いのですか?」
木村は返事をする前に、いたずらっぽく俊和の顔を見た。腕白坊主を思わせて、憎めない性格の持ち主にみえた。
「そんなに長くはありません。知り合って一年くらいになりますかな」
「碁会所ですか?」
「よくご存知ですね」
「義父に聞きました」
「仲がいいのですね」
「――?」
俊和が怪訝そうに木村を見ると、彼は微笑んだ。
「あなたとお義父さんが、ですよ」
「ああ――」
俊和は複
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