(一)募る情欲
初めて男色を経験した俊和は、妻が死んで以来モヤモヤとしていたことが、いっぺんに吹っ切れた思いがした。女性だけでなく、伊東のような年配の男性でも、性の快楽を共有できるのだ。
那須に行った晩、俊和は老人の柔らかい肉体によって、若者のように二度も射精した。しかも翌朝には、三度目の交わりを持ったのだ。
これまで性欲が募ってくると、その欲求をひとりで解消していたみじめな思いが、これで霧消した。伊東老人との交接は、女性とは違っても、同じようにめくるめく快楽の世界に導いてくれるものだった。
一方で罪悪感もあった。亡き妻を裏切ったような気分、そして義父に対する後ろめたい思いだった。彼は那須から戻ったあと、義父の目をまともに見ることができなかった。
その義父は、北海道の長旅が老体に応えたのか、疲れた表情をしていた。
しかし、いったん覚えた禁断の味は、麻薬のように俊和の全身に浸透していた。仕事をしていても、街を歩いていても、ふとしたきっかけで伊東老人の顔が頭に浮かんでくる。
そんなとき彼は、伊東に連絡を取った。そして、密かに待ち合わせたホテルの一室で、親密なひとときを過ごすのだった。
老人のしなやかな肉体は、いつも新鮮な快楽をもたらしてくれた。
しかし俊和が伊東の肉体に熱中するにつれ、老人のほうは醒めてきたように感じられた。貴重な逢瀬のとき、老人のほうは軽い抱擁と口づけだけで、最後の一瞬にいたる濃密な行為を断ることがあった。
俊和は老人を詰問した。自分に飽いてきたのか――と。
伊東は否定した。もちろん俊和への愛情は変わらない、でも――老人は説明した。
「あなたはお若いから元気ですが――と言うより、精力絶倫だと言ったほうが当たっているでしょう。
でも私は年寄りです。熱烈な行為はエネルギーを使いすぎて、肉体的にも精神的にも疲れます。このままでは、長続きできそうにありません。
私はこの先も、ずっとあなたを愛し続けていたい。だから長続きできるように、抑制しながらお付き合いしたいのです。それに――多少不自由した後の悦びは、それだけ深くなります」
老人の言うことは一理あった。俊和は、老人と会っても軽いスキンシップにとどめ、深い関係を結ぶのは、月に一度程度にしようと決めた。
そのことは、まだまだ精力旺盛な五十歳の体には、克己的な努力を要することだった。
それにまた、不謹慎と思いながらも、義父の肉体に対して欲望が湧いていた。
義父と伊東老人は、年は近いが体型が違う。細身の伊東にくらべて、義父は小太り気味だ。義父はどんな具合だろう。
夜、隣の布団で寝ている義父の存在を意識して、抑えようのない欲望を覚えることがある。すぐにでも、義父の布団にもぐりこみたくなる。
こうして、義父の肉体に対する俊和の欲望は、伊東を求める一方で、日増しに強くなっていったのである。
休みの日、俊和は義父とふたりで旧古河庭園に来ていた。
最初は秋の薔薇を見るのが目的で来たのだが、義父は人込みがわずらわしいと言って、人通りの少ない庭園奥の散策路を選んだ。
木々の枝葉からこぼれる、陽の光が心地よかった。つい数週間前は、木陰に涼を求めていたのに、今は日差しをありがたく感じている。
義父の歩調にあわせてゆっくりと歩きながら、俊和はすぐ側にいる義父に対して、じんわりと湧き出る愛情を覚えていた。
池の畔で義父が立ちどまった。
水辺に伸びた石畳の先に大きな石灯籠がある。水上では数匹のカルガモが泳いで、その愛らしい仕草が目をなごませてくれる。
ふたりはひっそりとたたずみ、池を囲む緑あふれる風物を眺めた。俊和はごく自然に、横に並ぶ義父の身体に腕をまわした。
義父が驚いたように俊和を見上げ、そのままじっとしていた。
手のひらを通じて、義父のぬくもりが伝わってくる。俊和はしみじみとした愛情を覚えた。
しばしの沈黙が流れた。
義父がほんのりとした声で言った。
「ああ――なんだか幸せな気分だ。俊和くん、ありがとう」
そのひとことが、俊和に、以前行ったお台場の海浜公園を思い出させた。あのときも義父の身体に腕をまわしていた。
彼はごく自然に義父のわき腹をさすりながら、思いを込めて言った。
「お義父さんがお望みなら、いつでもお付き合いしますよ」
「ありがとう」
義父がもう一度礼をつぶやいて、こちらを向いた。
白髪のおだやかな顔。緩み気味の二重まぶたのすきまから、純朴な瞳が俊和の顔をじっと見あげている。つややかな唇を見ていると、思わず口づけしたくなる。
伊東老人によっていったん男色の味を覚えた俊和は、義父に対しても大胆な欲望を覚えていた。彼はごくりと生唾を呑みこむと、義父の体を引き寄せようとした。
そのとき、人の声が聞こえた。声のした方を見ると、四人連れの家族だった。俊和はあわてて義父から離れた。
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