(一)
風間新之輔は波に漂っていた。
爺が、彼の身体に香油を塗り込めている。
肩から胸に、胸から腹へ――器用な指が、やわらかく這いまわる。
「爺――久しぶりだな」
「いいえ、爺はずっと、新之輔さまのお側におりました」
「そうか――」
新之輔は、爺の身体をそっと抱き寄せた。
いつもと変わらぬ爺の温もりが、嬉しかった。
ガリガリ――船底を擦る音に、新之輔は目を覚ました。
たちまち現実が押し寄せてきた。
舟の中で鎧を脱いで、そのまま眠ってしまったようだ。
舟は浅瀬に乗り上げて止まっていた。川底は浅く、櫂を操るだけでは流れに浮かべそうになかった。
新之輔は脚絆と足袋を脱いで、水の中に入った。水は冷たかったが、辛抱できないほどでもない。舟を押しながら川下に向かった。
ほどなく船底が水に浮いてきた。
頃合を見計らって、舟に戻った。
落ち着くと、またぞろ新造のことが心配になってくる。ときどき川岸に目をやるが、新造らしき人影は見あたらなかった。
(あの爆発はなんだったのだろう?)
考えまいとしても、どうしても悪いことを考えてしまう――敵を道連れにしての自爆。
そしてこれからのことを考える。
このあと再び、黒鉄衆が襲ってくることは考えられた。しかし一方では、新造の言ったことも思い出される。
(黒鉄衆は、自分たちの動きを幕府に知られたくないはず。そこで、江戸に近づかない、ぎりぎりの所で襲ってくるでしょう――)
裏を返せば、江戸に近づくほど襲われる心配も無くなる、ということだ。
(よし、江戸に向かおう)新之輔は心を決めた。
舟はどんどん流れを下っていった。
最初のうちは、大小の岩が転がる荒涼とした河原が目についた。
水の流れも一様でなかった。一本の流れが二本に分かれたり、合流したり、さまざまに変化した。
そして流れの速い浅瀬や、底深い淀みがあった。底をつく浅瀬では、舟から降りて押さなければならなかった。
いくつかの川が合流し、流れが安定して、水量の多い大きな河川になってきた。
しばらく流れを下っていると、新之輔は奇妙な光景を目にした。
大きな渡し船が、河を横切っていた。甲板にだいぶ余裕があるところを見ると、どこかの大名でも乗っているのであろう。
その船に向かって、一隻の茶船と、二隻の小舟が上流から近づいていた。
茶船は、渡し船に飲食物を売る小船だが、その船には枯れた葦が山積みになっていた。そしてほかの二隻の小舟には、浪人者らしき風体の男たちが、所狭しと乗っていた。
(これは危ないぞ)
新之輔が思う間もなく、茶船が渡し船にぶつかって、わっと火の手が上がった。すかさず二隻の舟から、浪人者たちが渡し船に乗り込んだ。
たちまち船の上で、叫び声と剣戟の音が聞こえだした。
火が渡し船に燃え移った。そのうち船の向こう側で、水に飛び込む音が聞こえてきた。
(はて、どうするか)
新之輔はとりあえず、渡し船の下手のほうに舟を近づけていった。
水中でふたりの男がもみ合っていた。中年の男が、年配の武士を背後から捕まえ、顔を水に押し付けようとしている。どうやら溺死させるつもりのようだ。
襲われている老武士の顔を見たとたん、助けてやろうという気持ちになった。
新之輔は手早く服を脱いで下帯ひとつになると、川に飛び込んだ。
たちまち水の冷たさが、体の芯まで沁み込んでくる。
抜き手を切ってふたりのところに泳ぎ寄ると、老武士を攻撃する男の耳の後ろに指を押し付けた。とたん、男は気絶して脱力した。
人体には何カ所か急所がある。その急所を狙えば、一撃で殺したり、指の一押しで動けなくしたりできる。新之輔はその技を使ったのだ。
「大丈夫か」
年配の武士の身体に腕を巻きつけながら、新之輔は訊いた。濡れた頭は白いものが混じり、歳の頃五十前後と思えた。
最初、武士はもがいていたが、新之輔が味方と分かると身体の力を抜いた。水の冷たさに、唇が紫色になっている。
武士は落ち着きなく、あたりにきょろきょろと目を配った。
川の中を見渡すと、二組の男たちが水の中で争っていた。そして三人の男がこちらに向かって泳いでいた。髪形からすると、浪人者だ。
どうやら今回の襲撃は、ここにいる初老の武士が標的のようにみえる。
新之輔は自分の乗ってきた舟を指さして、武士に言った。
「敵がくる。あの舟まで泳ぐぞ」
言ったあと、背後から武士の身体に片腕を巻きつけて、横泳ぎに舟を目指した。武士の着ている服と脇差が邪魔になって泳ぎ辛かったが、なんとか舟に辿り着けた。
船縁に手をかけさせ、武士の身体を横抱きにして、反動を付けて持ち上げた。丸みをおびた身体がくるりと回転して、舟の中に落ちた。
すかさず新之輔も、舟に乗り込む。
そこにひとりの浪人者が泳ぎ着いた。口に小刀を咥えている。
新之輔は素早く櫂を掴んで、男の頭をしたたかに殴
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