(二)義父との交流
伊東老人と別れて、帰りの電車の中、俊和は自問自答した。
本当に自分は、あの老人と付き合っていくことができるのだろうか。いつかは、のっぴきならない関係になるのでは。
それに期せずして、二人の老人から聞いたプラトンの同性愛――。
旅行から戻る新幹線の中で、考えていたことが思い出された。八甲田山で不思議な老人の家に泊まった晩の、異様な体験のことだった。
得も言われぬ柔らかい肉体の感触――あれは本当に夢だったのだろうか。俊和は今もって疑問に思っていた。
翌朝、老人と顔をあわせたとき、その表情からは何もうかがえなかった。老人は何事もなかったかのように、でっぷりとした短躯をかがめて、食事の用意をしていた。
老人の後姿を見ながら、俊和は訝った。夢の中で抱いた柔らか味は、老人の肉体だったのではないだろうか。それに、なんの痕跡もなかったが、股間のすっきりした感覚は、まさに溜まっていた精を吐き出したあとの感じだった。
いま思い浮かべても、夢の中で覚えた感触は生々しいものだった。柔らかくて、温かくて――その感触を思い出すだけで、昼日中にもかかわらず、彼は性の疼きを覚えた。
地下鉄駅から家にむかって歩く途中で、義父とばったり出会った。
年配の男性が一緒だった。年のころ六十代後半、丸く禿げ上がった額とよく日焼けした顔、いたずらっ子のような輝く目をしている。
ふたりはいかにも仲が良さそうに手をつないでいたが、俊和を見てそっと手を離した。
相手の男性は、俊和と義父の関係を知ると、値踏みするように俊和の体をじろじろと見て、義父に別れを告げた。
「碁会所の知人だ」
男の後姿を見ながら、義父はそっけなく言った。それから俊和を観察するように見て、年寄りとは会えたのか、と聞いた。
義父の話し振りは、まるで伊東老人に嫉妬しているようにみえた。そういえば、これまで義父とふたりきりで出かけたことがないな、と思いつつ俊和は慎重に答えた。
「ええ、会えました。たいした用事ではありませんでしたが――」
そこでふと思いついて、言った。「どうですか、お義父さん。これからどこかに出かけませんか?」
義父は、驚いた表情をした。
「出かけるって、きみは旅行から戻ってきたばかりじゃないか。きみとふたりでかい?」
「ええ。たまにはいいじゃないですか。それにどっちみち、真紀たちは夜の九時過ぎじゃないと戻ってきません」
「――でも、どこに行くのだい?」
俊和はちょっと考えた。そういえば、お台場がすっかり変わった、と長女が言っていた。
「お台場に行きましょう。海側から都心を見る景色がいいって、真紀が言っていました」
新橋からゆりかもめに乗って、青海駅で降り、パレットタウンを見学した。娘の言っていたとおり、お台場は開発されて、すっかり変わっていた。モダンなビルが立ち並び、まるで海外にいるようだった。
最後に、長ったらしい横文字のホテルに行き、三十階のレストランで夕食をとった。全面ガラスの窓に向けたカウンター席だったので、ベイエリアの暮れゆくすばらしい景色が、眼下に広がっていた。
義父はあまり話さなかったが、俊和をすっかり信頼しきっているようすだった。俊和自身も、義父に対する苦手意識がすっかり消えて、義父がより身近な存在に感じていた。
(こうやって、お義父さんといっしょに出かけるのも、いいものだな。これからも、たまにはやるか)
俊和は、義父の満足しきった横顔を見ながら、そう思った。
レストランを出ると、足を伸ばして海浜公園まで行った。義父が、腹ごなしに散歩したいと言いだしたのだ。俊和は義父の体を気遣って、歩くのは適度にして、海の見えるベンチに腰かけた。
水銀灯が木漏れ日のように、通路を照らしていた。ときおりどこからか、若者たちの笑い声が聞こえてきた。海沿いは八月とはいえ、ひんやりとした風が流れていた。
ふたりは寄り添うようにベンチに腰かけ、沈黙したまま、海越しの町並みを眺めた。
義父は寒いのか、体を丸めていた。
「お義父さん、寒いのですか。そろそろ帰りましょう」
俊和が声をかけると、義父はひと言つぶやいた。
「もうしばらくここに居たい」
「そうですか。お義父さんが、そうおっしゃるのなら」
俊和はそのまま座って、義父のようすをうかがった。義父は目を細めて、ひっそりと海のほうを眺めている。
(お義父さんは、何を考えているのだろう?)
そう思いながら、義父の体がかすかに震えているのに気づいた。
ふいに俊和は、義父に対して言いようのない哀切を感じた。彼はごく自然に、老いた体に腕を回して、暖めてやるようにわき腹をさすった。
義父は一瞬驚いたようすだったが、おずおずと、体を預けてきた。
二人はそのまま黙りこくって、ひっそりと寄り添っていた。
お互いの体温が伝わり、不思議な安堵感が二人を
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