(一)老人の告白

(一)老人の告白

旅行から戻ると、義父が、伊東老人から電話があったと言う。
「きみは旅行に出かけている、と先方に伝えたのだ。それでも連絡をつけたい、としつこいんだよ」
義父は、不機嫌そうに伝えた。
そのあと俊和は、伊東老人に電話した。
「はい、星野でございます」
落ち着いた女性の声がした。一瞬、かけ間違えたかと思ったが、念のために聞いてみた。
「あのう、水原と申しますが、伊東さんはおられるでしょうか」
「ああ――父がいつもお世話になっております。少々お待ちください、電話を切り換えますから」
その女性は、俊和の名前を知っているようすだった。
(そうか、伊東さんの娘さんだな)
姓の違う理由がわかった。
しばらくして、老人が電話に出た。いかにもうれしそうで、声が弾んでいた。
「ああ、よかった。もう一生お会いできないのでは、と思っていました」
老人の大げさな表現にとまどったが、俊和はさりげなく言った。
「ちょっと旅行に行っていました。そのとき携帯電話を持っていくのを忘れまして――何かあったのですか?」
先方がしばし沈黙した。
声をかけようとしたところで、老人の声がした。
「実はあなたに、お話しておかなければならないことがありまして」
「なんですか?」
「いや、電話ではちょっと――これからお会いできませんか?」
俊和は時計を見た。まだ正午前だった。義父が昼食の用意をしているのを横目に、彼は言った。
「じゃあ、昼めしを食べたら、そちらに行きます。浦和でしたね」
老人の明るい声が聞こえた。
「浦和に来ていただけますか。じゃあ、ご馳走しなければ。こちらで昼食をとりませんか」
「いや、義父が食事を作ってくれていますから。二時に浦和駅で待合わせということで、どうですか?」
「二時ですね。楽しみにしています」

電話を切ると、焼きそばを作り終えた義父が、非難がましく言った。
「でかけるのか?」
「ええ」
「電話のあった年寄りだろう?きみはその年寄りと、どういう関係があるのだ」
義父は、いつになくしつこく聞いてきた。仕方なく俊和は、伊東老人にゴルフ場で会ったときからのいきさつを手短に話すと、最後に付け加えた。
「これは単なる推測ですが、そのお年寄りは、娘夫婦とうまくいってないようです。それでどうやら私に対して、慰めを求めているのでしょう」
義父は、眉をひそめた。
「きみに慰めを求めているだって?気をつけたほうがいい。いかにも不自然だ」

伊東老人は、改札口の外で待っていた。
俊和の顔を見ると、一瞬泣き出しそうな表情になり、それからしがみついてきた。老人のスリムな体を受け止めながら、俊和はあわてた。
ふたりの横を、通行人が怪訝そうに見ながら通り過ぎていく。
「さあ、ここではなんでしょうから、どこか落ち着くところに行きましょう」
俊和は老人の体に腕をまわして、近くのビルの二階にある喫茶店に入った。客はまばらで、ふたりは窓際の席についた。
「さっきは失礼しました」
伊東が小声で言った。「あなたのお姿を見たら、つい感極まってしまって」
老人は恥ずかしそうに、下を向いた。
「そういえば、何度か私に電話されたそうですね。義父が言っていました」
「ああ、あなたのお義父さんには、ご迷惑をおかけしました。でも、どうしてもあなたのお声が聞きたかったものですから」
老人は顔を上げた。そこで窺うように俊和の顔を見た。
「すてきなお義父さんでしょうね。お声を聞いただけで分かります」
俊和は、義父へのお世辞を聞き流した。
「それで、お話があるとおっしゃっていましたが――」
老人は話し出す前に、気持ちの整理をするように窓の外を見た。
昼下がりの駅前広場は、人々がのんびりと行き交っていた。いかにも東京近郊の、のどかな風景だ。

伊東老人が話し出した。
「実は、私のような年寄りに付きまとわれて、あなたはご迷惑に思われているのではないかと考えたのです」
俊和が否定しようとすると、老人は手を上げて制した。
「いえいえ、分かっています。あなたはお優しい方だ。決して迷惑だとは言われない。それで決心したのです、私が抱えている問題を、包み隠さずあなたにお話しておこうと。それであなたに嫌われたのなら、潔くお付き合いをあきらめます」
老人はまわりを窺うように見て、話をつづけた。「二年程前、ある男性と親しくなりました。ゴルフで一緒になったのがきっかけでした。六十代半ばの、とにかく陽気な方でした。
すっかり意気投合して、囲碁をやろうということで、その方のマンションに行きました。シャワーを進められて汗を流していますと、その方がバスルームに入ってきて――そのあと信じられないことをされたのです」
老人は、この先を話そうかどうしようかと迷っているように、しばし沈黙した。
「まるで女のように――そのう――うしろ
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