(十八)鳥井税理士

(十八)鳥井税理士

腕に柔らかい肉体を感じて、昌三は目を覚ました。部屋はまだうす暗い。すぐ横に、国見の温顔があった。昨夜もまた悪い夢を見たので、寝起きはいい気分ではなかった。
昌三はベッドから抜け出し、トイレに行った。部屋に戻ると、国見が目を覚ましていた。
国見は昌三と顔を合わせて、はにかんだ笑みを浮かべた。昨夜の親密な行為を思い出したのだろう。
二人は身支度を整え、朝食をとると、今日一日の行動を打ち合わせた。
出かける前に昌三は、パソコンのプリンターを使って、拓満の従業員から得た携帯の写真データを、L判の写真用紙に印刷した。それを国見が、感心したまなざしで見ている。
昌三はふと思い出して、一昨日買った拳銃の玩具をポケットに入れた。安っぽい代物だが、何もないよりはましだ。

まず弁護士の事務所に行ったが、あいかわらず誰もいないようだった。昌三が、針金を器用に使ってドアを開け、部屋の中を確認した。
「おかしいな。先生、雲隠れでもしたかな」
「かも知れないね。こんどはMT商事に行ってみる?」
「その前にちょっと待って。弁護士さんに置き土産だ」
昌三は弁護士のデスクに歩み寄った。デスクの上にプラスチックのケースがあった。中に小さな蜘蛛が入っている。
「へーえ、あの先生、こんな趣味があるんだ」
昌三はケースを持ち上げると、国見の目の前に差し出した。
ケースの中身に焦点が合った途端、国見が悲鳴を上げて、反射的にケースを払いのけた。
「うわっ!やめてよ。蜘蛛は苦手だ」
吹っ飛んだケースが壁にぶち当たって、ふたが壊れた。
「なんだよ、たかが蜘蛛くらいで。あーあ、ケースが壊れちまったぞ」
昌三はぼやくと、家でプリントした写真をポケットから取り出した。火事現場でゴリラ男が写っている2枚の写真だ。それをデスクに置いて、テープで貼り付けた。
「これで少しは、あいつらの動きを牽制できるかもしれん」
写真を見て満足そうにうなずくと、昌三はドアに向かった。
部屋の床では壊れたケースから、2匹の蜘蛛が這い出していた。

二人は日本橋に向った。
目的の住所は、裏通りに面した古いビルだった。両サイドは同様の古いビルに挟まれ、通りに面した窓面だけが、最近、改修工事をやったらしく、近代的な鋼鉄とガラスの壁面になっていた。入り口横の表示板に、3F・MT商事とある。
二人は、いったん建物から離れると、通りの物陰から様子をうかがった。人通りは少なく、ビルに出入りする人影もなかった。
「どうする?ビルの中に入るか?」
昌三が、ささやきかけた。
「呼びとめられたらどうするの」
国見が不安そうに言った。
「証券会社だろう?客の振りをするさ」
国見は、昌三の頭からつま先まで見た。
「だめだよ。どう見ても昌三さんは、お金を持ってるようには見えない」
「クニさん、ひどいことを言うな。じゃあ、クニさんが行って来いよ」
「しーっ」
国見がさえぎった。「ほら、今、ビルから出てきた老人。あの人、たしか写真にあった税理士じゃない?」
白髪の中背ほっそりとした老人が、ちょうど建物から出てきたところだった。男たちの顔写真は松岡が持っていったので、昌三は手帳を取り出して名前を確認した。
「ああ、税理士の鳥井だな。弁護士が言うに、小太りの男が好きだって言ってたね」
小太りの国見が、いやな顔をした。
それに気つかず、老人の姿を目で追っていた昌三が言った。
「よし、あいつの後をつけよう」

鳥井は、とくに目的もなく歩いているようだった。歩道の途中で立ち止まって、ウインドーの中をのぞきこんだり、本屋に寄って雑誌を立ち読みしたり、まったくのんびりとしている。
やがて地下鉄駅のほうに下りていった。
老人が改札口を通るのを見て、二人はあわてた。大急ぎで切符を買い、ホームに駆け下りたときに、電車が発車しようとしていた。
「昌三さん、早く!」
国見がダッシュして、電車に駆け込むと、閉じかけたドアを強引に押さえた。間一髪、昌三が中に入った。
息を切らせて車内を見ると、鳥井はシルバーシートに腰掛けて、のんびりと新聞を読んでいた。
「ふう、危うく間にあったな。心臓に悪いよ」
ドアに寄りかかりながら、昌三が言った。
「あの人、どこに行くのかな?」と国見。
「さあ、ひょっとして、鉄平たちが捕まってるところじゃないか?」
「そうだといいけど――」

鳥井は六本木駅で電車を下りた。それから、ぶらぶらと北に向かって歩き出し、途中で路地に入った。やがて、シックな外装の小規模マンションの前で立ち止まった。
老人が脇の操作ボックスで、オートドアの暗証番号を押しはじめたとき、二人は近づいた。
「声をたてるな」
昌三はポケットの拳銃を、老人の背中に押しつけながらささやいた。もう一方の手は、老人の左腕をしっかりと掴んだ。
老人は騒がなかった
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