(十一)放火事件
堀田弁護士の事務所を出たあと、三人は品川駅の近くで、遅い晩飯を食べた。
食事が終わったとき、昌三が康太郎に聞いた。
「おれたちは横浜に戻るけど、あんたはどうする?」
康太郎は腕時計を見た。
「わたしは神田の店に戻る。まだ8時半だ」
「大丈夫か?敵がたの男を、二人もなぶり者にしたんだ。あの弁護士の言っていた盛山という男が、このままあんたを見逃すはずがない」
「だったら警察に話すさ」と康太郎。
「なにを話す?鉄平を誘拐されたことか?その仕返しに、弁護士のオカマを掘らせたことか?」
昌三が畳み掛けるように言って、康太郎は眉を曇らせた。
言い含めるように、昌三は言葉を継いだ。「いずれにしろ、警察に納得させることは難しい。今夜は、わたしの家に泊まったほうがいいぞ」
康太郎は逡巡した。それから携帯電話をとりだした。
「とにかく店に電話してみる」
彼は店に電話した。ところが、断線したように繋がらない。つぎに別の事務所に電話した。今度もなかなか繋がらなかった。あきらめかけたとき、相手が出た。
「社長――本店が大変です!」
「何があったんだ?」
康太郎は、ただならぬ相手の声の調子に、にわかに緊張した。
「火事です。神田の店が燃えているんです!」
「なにっ!」
康太郎は絶句した。彼の耳に、従業員の声がつづいた。
「放火です。二人の男が店にやってきて、いきなり灯油缶の中身をぶちまけたそうです。ひとりはゴリラのような大男で――。とにかくあっという間の出来事だったので、だれも止めに入る間もなかったようです。幸いお客さんたちは無事ですが――ひどいことをする男たちだ」
「それで――火は消せそうか?」
申し訳なさそうな声が返ってきた。
「だめです、もう手がつけられないほど、広がっているそうです」
康太郎は従業員に指示を与えて、電話を切った。
昌三は事情がのみこめたが、黙っていた。松岡をどう慰めていいか分からなかった。
「くそっ、あいつら、もう手を打ってきおった」
康太郎は、いまいましそうにつぶやいた。店を焼かれたにしては、さほど深刻そうには見えなかった。彼は昌三に向き直った。
「やっぱり今夜は、おまえの家に泊めてくれ」
昌三はうなずいた。
「いいよ。しかし、あいつら、ひどいことをしやがる。まさか放火するなんて――。あいつらが求めている3億円より、はるかに大きな損失じゃないか」
「相手が、それだけ本気だってことだ。気をつけておかないと、命まで狙われる。さあ、行くぞ」
康太郎は、さっさと駅のほうに歩き出した。
「銭湯もなかなかいいもんだな。久しぶりに入ったよ」
康太郎は、火照った体を扇風機にあてながら、満足そうに言った。湯上りの彼は、でっぷりと太って、全身ピンク色に染まっている。
昌三が、揶揄するように言った。
「大事な店を焼かれたっていうのに、えらくのんびりしてるじゃないか」
「起きたことは、心配しても仕方がない。それに、保険はたっぷりと掛けている。大損したのは、保険会社だ」と康太郎。
「この悪党」
昌三がつぶやいた。
「何か言ったか?」と康太郎。
「――」
昌三は話すのも面倒くさくなった。どだいこの男に対しては、何を言っても無駄だ。彼は目の前にぶらさがる目障りなモノを、イライラして見た。ハゲでデブのくせに、自分よりでかいチンポをぶらさげている。それが気に食わなかった。
「もう一度、風呂に入らないか」
康太郎が誘った。
「おれは帰る。鉄平が家で待ってるんだ」
昌三はロッカーを開けて、服をとりだしながら言った。
「そうか。わたしは、ゆっくりしていく」
そう言うと、康太郎はふたたび風呂に向った。
最高の気分だった。湯につかっていると、心底、のびのびとした気分になる。康太郎が湯の心地よさにうっとりしていると、小さな老人が近づいてきた。
「あなた、初顔のようだが、昌ちゃんのお知り合いかね?」
見知らぬ老人に話しかけられて、康太郎は思わず言っていた。
「ああ――親戚です」
言ったあと、胸の内で苦笑した。(ま、親戚と言えないこともないか)
「親戚ですか。あまり似ていないですね」
老人は言いながら湯桶で前を流し、康太郎の横に体を沈めた。
「親戚といっても遠縁だから――ところで、あなたは?」
「ああ、これは失礼しました。わたしは上原と申します。昌ちゃんの家の近くに住んでいるものです」
「じゃあ昌三をよく知っているわけだ」
「よく知っていますよ。それに前は、同じ運送会社に勤めていました」
老人は眉を曇らせて、つぶやいた。「あの事件が起きるまでは――」
康太郎は、老人の言葉を聞きとがめた。
「あの事件って?」
老人はハッとしたように、目を反らせた。
「いや、忘れてください」
「いいじゃないですか。教えてくださいよ」
そこでふと思いついて、康太郎は声を潜め
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