(六)割烹『拓満』
息子と育ての親が二人揃って来る日、拓満のオーナー松岡康太郎は、朝から落ち着きがなかった。入籍の件では、おそらく河合は抵抗するだろう。構うことはない。養育費代わりに札束を握らせれば文句はないだろう。
しかしその日、息子の入籍問題にくわえて、もうひとつ問題が生じた。
昼過ぎに、ごつい体格をした角刈り男と茶髪のお兄さんが、彼を尋ねてやってきた。
二人を事務所に通すと、角刈りの男が部屋にいる従業員を見て、内密の話だから人払いをしてくれと言う。康太郎はすこし不安を覚えたが、従業員に席を外させた。
角刈りの男が話しだした。
「新宿駅にあるコインロッカーのキーを返してくれ。そのキーは、あんたの息子から渡されたはずだ」
男は横柄な態度で言った。康太郎は、そのキーに思い当たりがあったが、あえて聞いた。
「なんで、そのキーがいるんですか?」
男は態度を豹変させて、怒鳴った。
「そんなことはどうだっていい!持ち主はこっちの人間だ。早く返せ!」
永年、水商売をやってきた康太郎は、ちっとも動じなかった。彼は平静を装って、落ち着いた声で言った。
「たしかに、息子からキーを預かった。だけど、どこかにいっちまったようだ。そんなに大切なものだとは、知らなかったな」
男の目つきが鋭くなった。
「そのキーは、ある人にとって、とっても大事なものなんだ。思い出してくれ」
「思い出せと言われても、かいもく見当がつきませんな。そのある人って、どなたのことですか?」
男が怒鳴った。
「そんなこたあ、どうだっていい!おっさん、隠し立てすると、為にならんぞ」
「そんなこと言われても、ないものは仕方ありませんよ。まあ、もう一度、探してみますがね」
「なにおっ、このスケ平親父!」
男がテーブルをガツンと叩いて、康太郎をにらみつけた。「いいか、ぜったいに探し出すんだ。もし見つからなかったら、そのときは分かってるだろうな?」
康太郎は、男の脅しに屈しなかった。彼はつとめて穏やかに言った。
「まあ、落ち着いてください。キーは探して見ますよ」
そこでゆっくりと腕時計を見た。「2時に客がきます。よろしければ、これでお引き取り願えますか」
男がなにか言おうとしたとき、絶妙のタイミングでドアがノックされた。従業員が恐る恐る顔を覗かせた。
「あのう、社長。鉄平さんたちが見えられていますけど」
康太郎は渡りに船と、すかさず言った。
「ああ、通しなさい。こちらはちょうど帰られるところだ」
男たちは部屋を出るとき、康太郎をにらみつけた。
「いいか、おっさん。これで終ったわけじゃないぜ。キーを探すんだ。さもないと、おまえのまわりで不幸なことが起こるぞ」
男たちは、捨て台詞を残して出ていった。
店に来た昌三と鉄平は、事務所から出てきた男たちとすれ違った。角刈りの男が、露骨に鉄平をジロジロと見た。
「感じがいい男たちとは、決して言えないな」
昌三が、息子にささやきかけた。
「同感」
と鉄平が、あいづちをうった。
三人は、近くの喫茶店に行った。育ての親と産みの親――鉄平は二人の顔を見比べながら言った。
「ぼくはどっちの籍でもいいけど、戸籍ってそんな簡単に移動できるの」
昌三があらぬほうを向いた。
その彼を、康太郎はじろりと見た。
「わたしは優子と離婚手続きをやっていない。どうやって鉄平の戸籍を移した?」
「まあ、そんな細かいこと、どうだっていいじゃないか」
昌三が、多少慌て気味に言った。
「よくはない」
康太郎は断定した。「どうやって戸籍を移した?」
昌三はあいまいに微笑んだ。
「それは――いろいろとテクニックはあるさ」
「テクニックだと!」
康太郎が大声を出した。「だったら鉄平を、もとの戸籍に戻せ」
「それはできないよ。わたしがやった犯罪は、生涯で一度きりと決めているんでね」
康太郎が鼻で笑った。
「ふん、きれいごとを言いおって。叩けば、いくらでも埃が出てきそうだ」
昌三が憤慨して言った。
「なにい!言いがかりをつけるのも、たいがいにしろ。だいたい、あんたは無礼な男だ。自分の息子を立派に育て上げた恩人に向って、あれこれと難癖をつけおって。礼のひとつでも言ったらどうだ」
「ああ、お礼ならいくらでも言いますよ」
康太郎は、昌三に向って、馬鹿丁寧に頭をさげた。「息子を立派に育てていただいて、まことにありがとうございます。お礼は何なりとさせていただきます」
そこで胸を反らせた。「じゃあ鉄平は返してくれるな」
「なにっ、ちょっと待て!」
昌三はひどく慌てると同時に、相手の老獪ぶりに腹を立てた。「鉄平を返すとは言ってない。まったく厚かましい男だ。鉄平は、おれの息子だ」
康太郎は、その言葉を予期していたようだ。彼は憎たらしいほど落ち着き払って、昌三に言った。
「おや、そうするとおまえは、くさい飯を
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