(四)血の絆

(四)血の絆

山下公園から出航した遊覧船は、大きくカーブを描いて、埋立地のほうに向った。ランドマークタワーが行く手をさえぎるように聳え立っている。
河合昌三と鉄平は、久しぶりに親子水入らずのひとときを過ごしていた。以前は一緒によく出かけていたが、鉄平が高校に進学したのを区切りに、二人が行動を共にするのは限られていた。
二人はデッキに出て、横浜港から外洋につながる海の様子を眺めていた。ひんやりとした微風が、肌に心地よかった。
昌三は少し離れて息子の横顔を見ながら、遠い昔のことを思い浮かべていた。

――**――

18年前――仕事仲間たちに屈辱的な暴行を受けたあと、昌三は上原に支えられながら、家路についた。体の奥深いところが、ズキンズキンと疼いていた。歩くのもおっくうだった。
「昌ちゃん、さきに銭湯に行って体を洗うかい?」
上原が聞いた。
たしかに男たちの精液で、下腹部がベトベトだった。それでも彼は、早くベッドにもぐりこんで、忘却のかなたに沈み込みたかった。
「いや、家に帰る」
昌三はつぶやくように言った。

小さな公園のそばを歩いているときだった。
薄暗闇のベンチに、女がひっそりと腰掛けていた。ハッとするほどの美人だった。腕には、幼い子供を抱いている。その横には大きな旅行カバンがある。
「奥さん、どうしたんだね?」
上原が声をかけた。
女が振り向いた。その顔がおびえたように、こわばっている。
彼女はあらぬほうを向いた。上原と昌三を警戒しているようだ。
「若いご婦人が、こんなところにいると危ないよ」
上原はなおも話しかけた。「このあたりには、得体の知れない外国人もいるんだ」
女は薄暗闇を見まわして、子供を抱きしめた。どうやら一人でいることが、怖くなったらしい。
「なにか訳がありそうだね。とにかくもう夜も遅い。よかったら、わたしたちと来なさい」
上原の優しい口振りに、女は迷っていた。それでも二人の穏やかな顔を見て、心を決めたようだ。彼女は小さくうなずいた。

上原の家は大家族だったので、昌三の家に泊めた。
それが同棲生活の始まりだった。
女は松岡優子と名乗ったが、多くを語らなかった。そして昌三も詮索しなかった。なにしろ彼自身、問題を抱えていた。男たちによって深い心の傷を受けてから、ときどき夜中にうなされるようになっていたのだ。
その後も松井は昌三の体を求め、いつも手篭め同然に犯された。思い余った昌三は、とうとう運送会社を辞めてしまった。
昌三は40に近い独身男で男色家だが、優子に魅力を感じなかったわけではない。むしろ心を惹かれていた。彼よりも背が高く、毅然とした上品な顔立ち――昌三が彼女に惹かれたのは、性的なものではなく、高嶺の花の芸術品を見ているようなものだった。
男と女と幼児の奇妙な生活がつづいた。ひとつの家に同棲して、他人の関係の生活――。
優子はかいがいしく家事をやり、昌三は子供の相手をする。そのうち彼女は、家に置いてもらっているのだから、と手持ちの金を使いだした。昌三には断りようもなかった。彼の貯金は、底をついていたからだ。
彼は女の金で生活していることが、恥ずかしかった。それかと言って、毎日職安に通ったが、満足のいく仕事はなかった。

そんなある日、昔の友人の、ちょっとしたアブナイ仕事を手伝った。それが詐欺師としてのデビューだった。
彼はその道に、すっかりのめりこんだ。人間の心理を逆手にとって、相手をだます商売。暴力は無く、すべてが頭脳ゲームだった。彼は友人と組んで、あるいは単独で、ゲームを楽しみ、その過程で多くのテクニックを身につけていった。
共同生活が始まって半年後、優子は自分の境遇を話し出した。自分には夫がいる。でも夫のもとには戻りたくない。夫は自分をダッチワイフかなにかのように、性の対象物としてしか見ていないから。
昌三は優子に同情した。彼は商売上のテクニックを駆使して、彼女と子供を自分の籍に入れた。
詐欺の仕事はリスクの伴うものだったが、一度も警察のやっかいにはなっていなかった。いつも入念な計画を練って仕事をし、何度かひやりとした目にも会ったが、幸運の女神にめぐまれて危機をくぐりぬけた。仕事のスリルと家族への愛情――。セックス抜きだが、充実した毎日だった。
しかし、しあわせは続かなかった。優子が病気で死んだのだ。しばらくのあいだ、気の抜けた生活を送った。それでも立ち直った。彼は、新たに目的を見出した。残された子供を立派に育て上げよう――と。
鉄平はすこやかに育った。天使のようにあどけない幼児が、素直で元気溢れる子供になり、そして今や、母親の血を継いだ、ハンサムな顔と立派な体格の青年に成長していた。

――**――

「松岡が、おまえを籍に戻したいと言ってる」
昌三は、前から言おうとしていたことを、息子に言っ
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