シーン(3)

シーン(3)

ここは伊藤物産の社長室。
伊藤千秋は重厚なオーク製のデスクを前に、秘書室長の大薗から今日一日のスケジュールを聞いていた。
直立姿勢で緊張して報告する大薗は、小柄ながら均整のとれた体つきをしている。永年、伊藤社長のもとで秘書をやっていて、見るからに几帳面かつ生真面目タイプである。
「――開発部の報告会は、夕方5時からです」
「そのあとのスケジュールは無いんだな」
「はい」
(ふむ、だったらケンちゃんのアパートに寄るか――)
伊藤はそう考えながら、ふと思いついたことを大薗に言った。
「それから、営業部の社員資料を見せてくれ」
「は?」
「は?じゃない。きみ、私の言ってることが理解できんのか」
「失礼しました。さっそく持って参ります」
「いいか、全員の資料だぞ。どんな社員がいるのか知りたいんだ。――きみ、聞いているの?」
伊藤は退屈しのぎに、ときどき生真面目な秘書室長をからかった。伊藤にとっては相手を鍛えてやっているつもりだが、大薗の受け止め方は違っていた。
パワハラ――である。
そして最近、大薗は、社長の相手をしていて、精神的なマゾに目覚めつつあるようだ。
ネチネチと虐められることに、ある種の快感を覚えるのだ。
この秘書室長に対して、伊藤も好き心を抱いたことがあるが、なにしろ相手は同じ社内の男だ。それにいつだったかゴルフ場の風呂場で見たが、ナニもたいしたものではない。
そんなわけで、この小柄な秘書室長のスーツ姿に潜む、かわいらしい肉体を想像する楽しみだけにとどめている。

大薗が部屋を出ていくと、伊藤はケンちゃんのことを想った。同じビルの5階下でケンちゃんが働いていると思うと、奇妙な感覚がする。
人懐っこいのんびりとした笑顔。ふてぶてしいと思うほどの素の性格。そして大きなチンポ――。
若い頃、アメリカに留学していた伊藤は、複数の白人男性と付き合ったが、健一のモノは、それと比較しても遜色がない。
そんな大きさだから、初めての時は初心な生娘のように恐れた。しかし、好きな男の前で、蕾が濡れて自然に開くように、すんなりと受け入れることが出来た。そのあとの、めくるめく感動――今思い出しても、老いた体が疼いてくる。



その頃、鬼藤健一は、始業時刻を10分過ぎて営業3課の事務室に入った。遠くから河合課長がにらんでいるのを尻目に、健一は社員たちに明るく声をかけた。
「やあ、みんな、おはよう。また今日も一歩近付いて来たね。若者には前途洋々の未来、年寄りには棺桶ってね」
数人の社員がクスクスと笑う。彼らは皆、契約社員の健一よりずっと若く、健一を能天気な小父さんと見做していた。
「鬼藤くん」
河合課長が呼んだ。
52歳、背の低い、豆狸のような体型をしている。丸っこい顔にハの字型の短い眉毛とつぶらな瞳、人の良い田舎の親父といった風貌である。
「はーい」
健一は間延びした返事をして、河合の席に行った。「はいはい、何でしょうか、課長」
「きみ、何でしょうか、じゃないよ。今日は一緒に宮原建設に行く予定だろう」
「あれ、そうでしたね」
部下の能天気な返事に、河合は小言を言おうとしたが、思いとどまった。土台この男には、何を言っても無駄だ。下請けのスキン工場が潰れたとき、契約社員として引き抜かれたこの部下に、勤務態度を改めさせることなど、とっくにあきらめていた。

「鬼藤くん、今日は相手に失礼にならないように、じゅうぶん注意してくれ。なにしろ宮原建設は、大の得意先だ。それに宮原会長は、うちの伊藤社長と昵懇の間柄だ」
相手先に行く車中で、河合課長はくどくどと注意していた。
それでも彼は、一抹の不安を覚えていた。なにしろ鬼藤は失礼な男だ。いつだったか河合の席に新製品のスキンを持ってきて、社員たちの前であっけらかんと言ったのだ。
「課長、いつもブカブカのスキンでお困りでしょう。今度、短小用のスキンを作ってみました。実験的に使ってみて下さい。おそらくぴったりだと思いますよ」

宮原建設の会議室で待っていると、厚生部長と担当の若い社員がやってきた。名刺交換したあと、なんと宮原会長本人が姿を現した。
「ちょいと小耳に挟んだので、説明を聞かせてもらおうと思ってね。社員の衛生管理には興味があるんだ。私にかまわず続けてくれたまえ」
打ち合せの席に会長が加わって、集まったメンバーは緊張した。唯一、健一だけは、のんびりとした声で製品の説明を続けた。
「――スキンに求められるのは『薄い』『丈夫』はもちろんですが、『温かい』『気持ちいい』っていうのも重要です。それから見た目。『逞しい』とか『可愛らしい』も――」
ひと通り説明が終わったあと、宮原会長が質問した。
「きみの説明は分かったけど、きみ自身は試してみたの?」
すかさず健一は答えた。
「もちろんです」
「それで――ど
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