シーン(2)
二人はお互いのことを深く詮索しなかった。ただ「イーさん」「ケンちゃん」と呼び合って、ひとときの快楽を共有した。
しかし、付き合いが長引けば、いずれは正体もばれるものだ。
最初に知ったのは、千秋だった。彼は健一のアパートを訪ねたとき、たまたまテーブルの上にあった健一の名刺を見た。
『伊藤物産 営業3課 鬼藤健一』
千秋は仰天した。まさか自分の会社の従業員を引っかけたとは――。
彼は、ケンちゃんと付き合うリスクの大きさを感じた。
しかし一方で、もはや、後戻りできないところまで来ていた。
最初は初心なノンケ男の体をあれこれ弄り回して、適当に遊ぼうと思っていたのだが、今や千秋の方が、ケンちゃん抜きで生きていけない体になっていた。
結局千秋は、快楽を優先させた。自分の身分を明らかにしないで、ケンちゃんとの付き合いを続けるのだ。
それでも同じ会社にいる以上、いつまでも隠し通せるものではなかった。
ある朝、いつもながらに遅刻して出社した健一は、ビル玄関の車寄せで社用車から降りるイーさんと、ばったり出会った。
高価なスーツを身にまとったイーさんは、別人のようだった。
何も知らない健一は、のんきに話しかけた。
「あれ、イーさん、そんな恰好をして、今日は何?ぼくに用なの?」
千秋は慌てた。一瞬、知らん顔をしようかと思ったが、なにしろ肛門の皺の数まで覚えられたケンちゃんのことだ。見逃すはずがない。
彼は素早くまわりを見回すと、ケンちゃんの肘を掴んでホールの隅に引っ張り込み、小声でささやいた。
「黙れ。騒ぐな。いいか、今夜説明してやる。それまで私のことは、一言もしゃべるな」
その夜、ベッドの中でイーさんの正体を聞いた健一であるが、さすが大物と言おうか、彼はちっとも動じなかった。
いつも通り、イーさんを息も絶え絶えに満足させたあと、健一はのんびりと言った。
「ま、ぼくにとって、社長は雲の上の存在。そして、イーさんは、ぼくのいい人。だから、会社では赤の他人でいようね」
かくして二人の親密なお付き合いは、その後も続いたのである。
男たちの多くが抱いているように、伊藤千秋には巨根願望があった。
まだ童貞だったころ、初めて行った風俗店の女に「まあ、かわいい」と言われた。千秋にとって、それは「ちっちゃい」と馬鹿にされたも同然である。
彼の性器はそんなに小さいわけではない。ただ笠の開いていないマツタケのように、丸っこい形状をしているのが、大きなタマタマを背景にしてかわいらしく見えるだけである。
しかし千秋は風俗嬢のひとことにひどく傷つき、女性を敬遠するようになった。と同時に、ほかの男性の性器に興味を持った。
(いったい、どんな大きさだろう?)
なにごとも探究心旺盛、前向き思考の彼は、サウナや銭湯、温泉に通いだした。そして男に興味を持つようになり、その延長線上で男色の世界に入り込んだのであった。
巨根へのあこがれはあったが、自分の持ち物が巨根になれるわけではない。そこで千秋は、大きな持ち物をした男を探し求めた。
しかし、あこがれと同時にねたみもあった。その気持ちが反映して、求める男が見つかると、千秋独特のやり方で弄んだのである。
口や手を総動員して男をさんざん昂らせた後、お預けをする。これをくり返して、ついには男が身も心もあらわにして、入れさせてくれ、と懇願する。そこでおもむろに男の求めるものを与える。
もうその頃には、男は完全に千秋の奴隷状態になっている。その過程を楽しむのだ。
そして飽いてくれば、使い捨てライターのようにポイ捨てする。
その千秋にして、鬼籐健一は単に弄ぶにとどまらない、不思議な魅力をもった男だった。もちろん性器は、竿もタマタマも超特大、精力も人並み外れて絶倫で、千秋の嗜好を大いに満足させるものだった。
それ以上に惹かれたのは、健一の性格だった。
およそ着飾ることをしない男だった。何事もあるがまま、気のおもむくままに行動し、思ったことはずけずけと言う。
金銭欲や社会欲が無くて、九州の田舎育ちらしい素朴さだが、ときに千秋が「こんちくしょう!」と激怒するようなことも平気でやる。
それらはすべて、『素のまま』でやる健一の本質を知っていなければ、とうてい理解できないことだった。
千秋は、健一と交際を続けるために、偽装工作を行った。
「ケンちゃんはスケッチ同好会の仲間」ということにしたのだ。
もともと絵が趣味だった千秋の話を、夫人は微塵の疑いもなく信じた。また運転手の高木にも、同様のことを吹き込んでおいた。
すべてが順調に思えた。
しかし二人の間で、微妙な差異が生じだした。
人生の下り坂にさしかかった千秋は、健一ひとりで十分満足していた。
いっぽう、男盛りの健一は、千秋ひとりという訳にはいかなかった。いったん覚えた男色の味は、麻
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