(4)

(4)

グランパラダイスに、初顔の小柄な客が入ってきた。どことなく見たような顔だった。
品があって、育ちの良さを滲ませている。
男はマスターに向かって、礼儀正しく尋ねた。
「こちらに仲間篤志さんが、来られていないでしょうか」
聞かれた洋児は、めずらしく標準語で答えた。
「いえ、まだ来ていませんが――どちらさまでしょう?」
「失礼しました、華下正一と申します。先ほど仲間さんのお宅に伺いましたら、お店に行かれたと聞きましたので、こちらに参りました」

奥のカウンターでは、稚加良強と御膳念須巳、それに槍田井芳桂がクダを巻いていた。
例によって強が、退屈しのぎに芳桂を慰め者にし、最近はそれに御膳が参加して、するどい毒舌で芳桂をいたぶる。
そんな芳桂にとって、可愛らしい年配の客は、絶好の気分転換だった。
で、さっそく、新参の客にちょっかいを出した。

「ねえ、あんた、会長はんと、どないな関係やねん」
見知らぬ男になれなれしく声を掛けられて、華下正一はたじろいだ。
「あ、いえ、仲間さんには息子が大変お世話になりまして」
小作りながら端正な顔――マスターは男を見ていて、ようやく思いついた。
「あっ、今年結婚した満須夫しゃんのお父しゃん」
「ええ、息子はこの町で床屋をやっています」
そこで、またまたお邪魔虫が横から口出しした。
「あんた、ショウちゃんてゆうんや。あての知っている人と同じやね」
(ショウちゃん――?)
正一は、見るからに軽そうな男に、戸惑うばかりだった。あげくの果ては、尻をサワッと撫でられたりする。
「あんた、可愛らしい口しとるねん。ねえ、ちーとばかしほかのもん、咥えてみーへん?」
「ホーしゃん!」
マスターが芳桂をたしなめた。
それから何か言おうとしたとき、篤志が店に入ってきた。

華下正一は、仲間篤志の姿を見て、どぎまぎした。どういうわけか、いつになく胸がざわめいてくる。
マスターの声が聞こえた。
「あ、会長。お客さんですよ」
人生の酸いも甘いも噛み分けたような大人顔が、正一のほうを向いて、人懐っこい笑顔になった。
(ああ――いい顔だ)正一はうっとりとした。
「華下さんですね。お久しぶりです」
その声を聞いただけで、なにか暖かいものが全身を押し包む。
正一はかろうじて声を出した。
「ご無沙汰しております。その節は大変お世話になりまして」
そのとき篤志は、対抗意識を顕わにした御膳や芳桂に気付いた。その背後では、強がニヤニヤ顔でこちらを見ている。それに、カウンターの向こうから興味津々でこちらを見る、マスターの目つきも気になった。
篤志は華下正一に言った。
「どうです、よろしければ少し外を歩きませんか」
正一はホッとしたようにうなずいた。

二人が店を出ていく後姿を、御膳念須巳は複雑な思いで見ていた。彼は最近、篤志に対する自分の想いが濃くなっているのを感じていた。
それは、篤志が暴漢どもに襲われた事件が、きっかけになっているのは確かだ。
大人の風格のある男が見せた弱い一面に、御膳の心の内で何かが動いた。篤志の人間的要素に魅かれたのか。それとも庇護する気持が生まれたのか。
とにかく御膳は、篤志に対して肉親者のような愛情を覚えていた。
そして当面のライバルは、屋敷にいる忠爺ひとり――のはずだった。それが今、あらたなライバルが現れたのだ。
御膳は居ても立ってもおれず、店を出て行った。のっそりと立ち上がった強が、そのあとを追った。

午後の7時近くになるが、日が長いので、外はうっすらと明るかった。
篤志と正一は、不忍の池のほうに歩いて行った。
「満須夫くんに聞きました。3月に奥さまを亡くされたそうですね」
篤志が言って、正一はすこし沈黙した。その沈黙が、正一の女房に対する気持ちを表していた。
「――ええ、もともと心臓が弱っていたものですから」
「それはご愁傷さまでした。長年連れ添われた奥さまですから、なかなか心の整理がつかないのじゃないですか」
「いえ、もう大丈夫です。それに、おかげさまで満須夫も結婚できましたから、妻も安心してあの世に旅立てたと思います」

公園の街路灯が、すこしずつ明かりを増してきた。篤志は正一を誘って、近くのベンチに腰を下ろした。
「これからおひとりで暮らしていかれるのですか?」
篤志の問いに、正一は侘しそうに微笑んだ。
「ええ。世田谷の一軒家に住んでいますが、満須夫は湯島に住み続けると申していますので、人に貸してわたしはマンションに住み替えようと考えています」
「そうですか――わたしは独り身ですが、いまだ古い屋敷に住んでいます」
正一は目を細めて篤志の顔を見た。
「満須夫に聞きました。仲間さんのお屋敷は盆栽教室に開放して、多くの人で賑わっているそうですね」
「ああ――確かにね。ときどき、昔の静かさが懐かしくなりま
[3]次へ
[7]TOP [9]目次
[*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35b