(2)
もう春だと気づかせるやわらかい日差しの中、庭に出ると、忠が小さな剪定ハサミを使って、盆栽の手入れをしている。
盆栽はいくつか篤志が買ったものだが、手入れはまったくやっていない。陶芸品に興味を持つ篤志は、盆栽の器が気に入って買っただけだった。
「精が出るな。盆栽を始めたのか」
篤志が声を掛けると、忠は手を休めてのんびりと言う。
「はい、盆栽職人の地味剛士さんに教えてもらっています。わたしにとっては、アロマセラピーのようなものです」
「ストレスの緩和に効くっていう、健康法のことか?」
「はい。わたしはこれのお蔭で、お屋敷の仕事をやっていけてるようなものです」
(ん?)
どういう意味だと思ったが、篤志は聞き流すことにした。
晩飯を食べ終わったときだった。
「――あのう、旦那さま、ちょっとお願いしてもよろしいでしょうか?」
食卓の脇に控えていた忠が、おずおずと切り出した。その猫撫で声に、篤志は思わず身構えた。どうしても、この前の家出騒動が思い出される。
「なんだ、言ってみろ」
「実は、地味剛士さんに持ちかけられたのですが、そのう――うちの庭は広いのに、あまり利用されていないでしょう」
「ああ、それで」
「盆栽作りに使わせて頂けたらどうかと――」
篤志は、忠の顔をまじまじと見た。爺さん連中にもてる剛士のことだ、ひょっとして忠も剛士に抱かれたのかと思った。
それを口にすると、妬いていると思われそうなので、別のことを訊いた。
「あの剛士は若い頃、やんちゃをしていたが。お前はそれを知っているのか?」
「ええ、剛士さんに聞きました。それを旦那さまに助けていただいて、真っ当な人間になれたそうですね。だから旦那さまのためなら、何でもするとおっしゃっていました。あの人は気持ちのさっぱりした、男らしい方ですから、信頼がおけます」
「それで――剛士と二人で盆栽を作るのか?」
「いえ、剛士さんを先生にして、盆栽教室を開きたいのです。と言っても、手広くやるつもりはございません。今のところ、わたしのほかに、大様坊也さんが生徒です」
チュウが剛士のことを、「男らしい」と褒めたことも、「剛士さん」と親しそうに呼んでいることも、面白くなかった。でもここで拒絶すれば、ケツの穴の小さい男と思われるだろう。
篤志は、承諾せざるを得なかった。
さっそく次の日曜日、地味剛士が大様坊也を伴って、お礼のあいさつに来た。
しばらく見ぬ間に、坊也はすっかり生気をとりもどして、顔の肌艶などすこぶる良かった。よほど剛士に可愛がってもらっているのだろう。
「このたびは厚かましいお願いをお聞き入れいただき、大変ありがとうございます。会長には前も助けていただいて、わたしの大恩人です。今後、わたしで出来ることがございましたら、何なりとお申しつけ下さい」
「まあ、気にするな」
篤志は言って、横に控える忠に顔を向けた。
「チュウ、二人に庭を見せてやれ」
3人のあとについて、篤志も庭に出た。
「家はボロ屋だけど、庭の広さは自慢できる。お前たちで、いいように使ってくれ」
言ったあと篤志は、庭の隅で小便を始めた。我慢していたので、育ち過ぎのマツタケのような先端から、小水が勢いよく迸る。
忠が、こんなところで、と言うように眉をひそめ、剛士と坊也は興味深そうに篤志の手元を見ている。
月曜日、会社から戻って、忠の手料理を食べたあと、グランパラダイスに出向いた。
驚いたことに、稚加良強が店に来ていた。
「おい、ツヨ。もう、こんなところに来ていいのか?」
「ああ、家にいても退屈だ。ターが連れてきてくれた」
そう言う強の足の間には、松葉杖が立てかけられている。
強の向こうから、鬼律忠司が声をかけた。
「ツヨが、どうしてもここに来たいというものだから」
そこで、杖を見る篤志の視線に気づいて言った。「心配するな、タクシーで来た」
忠司の向こうには、癒し系の無有民の大きな姿もあった。
篤志は、強の様子を観察しながら訊いた。
「どうだ、体の調子は?」
「まだ左の手足に麻痺が残っている。歩くのに不自由する」
強は右手で、松葉杖の握りを触った。彼の前のテーブルには、ノンアルコールビールの缶が置かれている。アルコール分0.00パーセントという商品だ。
さすがのツヨも、食事の改善に取り組んだか、と思ったが、へそ曲がりの強のことだ。口に出すとまずい方向にいきそうなので、黙っていた。
――◇――
篤志の屋敷に変化が訪れた。
木の棚がいくつか設けられ、鉢植えの盆栽が並べられた。庭の中央部分には、大きな作業台もある。玄関脇から庭にいたる通路も広げられ、竹を組んだ垣根や庭石が効果的に配置されて、それらしき雰囲気になってきた。
すべては地味剛士の才覚に依るのだろうが、素人の篤志でも、思わずうなるほどの見事な演出だった。
篤志
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