ストレス解消の勧め

(1)

会社に行っても、旧友の稚加良強のことが頭から離れなかった。
昨夜は救急車に同乗して病院まで行ったが、詳しい症状を教えてもらう余裕はなかった。強はすぐ集中治療室に移され、あとは駆けつけた彼の女房が待機することになった。
昼過ぎに、稚加良千恵子に電話した。彼女は病院の待合室にいた。
「どうですか、ご主人の容態は?」
「ええ、集中治療室にいますが、まだ意識が回復していません。でも、先生が言われるに、容態は安定しているそうです。それに、もうすぐ意識も戻るでしょう、とおっしゃっていました」
「そうですか。じゃあ、わたしも時間が空いたら、そちらに寄ってみます」

その日の夕方、大木奈の運転する車に乗って、病院に向かった。
受付で情報を得て、病室棟の控室に行くと、稚加良夫人がいた。昨夜からの心労で、だいぶやつれて見える。
夫人が言うに、強は集中治療室から病室に移されたところで、現在諸検査を受けているとのことだった。
病室に移されたということは、朗報だった。危険な状態を脱したということだろう。
しばらくすると中年の医師がやってきて、担当医の藪之内と名乗った。それから、患者が小康状態を保っているので、夫人の面会ができると言う。
篤志も同行を頼むと、軽く了承してくれた。

強は傾けたベッドにもたれかかって、目を覚ましていた。右腕には点滴の装置が取り付けられている。
個室なので、篤志たちも脇に置かれた椅子に、ゆったりと腰掛けることができた。
医師が強に向かって言った。
「検査でお疲れのところを申し訳ありません。いくつか簡単な質問をさせていただきたいのですが」
「分かりました。なんでもどうぞ」
強はたどたどしい口調で言った。口をゆがめて、しゃべり辛そうだ。
「まず、あなたのお名前は?」
「稚加良強です」
「奥さまのお名前は?」
「和江」
「えっ!」
医師は、カルテと後ろに控える千恵子夫人の顔を見た。夫人の顔がこわばっている。
「冗談だ。和江はそこにいるアツの死んだ女房の名前だ。おれの奥さまの名前は、千恵子だ」
「もう、あなたったら、こんなときに――」
夫人は泣き笑いの表情になった。
医師は面白くもなんともないという顔をして、冷静に話を続けた。
「まあ、その冗談は、暇なときに笑っておきましょう。ところで今、不自由に感じているところはありますか?」
「酒が飲めないこと」
さすがに医師はムッとして、若干早口で言った。
「そういうことじゃなくて、どこか体に変調をきたしているところはありませんか?」
「ああ、左手と左足が思うように動かん。それに、しゃべり辛い」
「ふむ、わたしの予想通りですね」
医師は納得したようにうなずいて、強の病状を説明しだした。

強は血栓症を起こしたが、早期に運ばれて処置をしたので、軽度の脳梗塞ですんだ。
血栓を溶かす薬をつかって、血管を開通させたのだ。
脳の壊死した部分はほとんどみられないが、当分の間は、感覚障害と言語障害が残るだろう。つまり、体の左側に麻痺が残ること、会話がうまくできないことである。いずれも、リハビリ次第でもとに戻るだろう――。
医師の藪之内は、こんなことを淡々とした口調で話した。
千恵子が医師に質問した。
「あのう、主人はどのくらいで退院できるのでしょうか?」
「ああ、ご主人がお利口にしておれば、1週間くらいでしょう。そのとき検査結果がよければ、退院できますよ」
「ここで酒は飲めるのか?」と強。
千恵子が憤慨して「あなたっ!」とにらんだ。
それを制するように、医師がさわやかな口調で言った。
「ここでは飲めませんが、あなたの口と胃袋は丈夫なようですから、退院したら飲めますよ。でも、あなたが再びここに担ぎ込まれるのは、ほぼ確実でしょうね」
医師はすこし間を置いて、不気味に微笑んだ。「ま、そのときは、今回のようなラッキーはないかも知れませんね。たとえば、生涯、植物人間になって、ベッドで生き永らえていくとか」
(医師のくせに、そんなことを、よく淡々と言えるな)
横で聞いていた篤志はあきれた。
強を見ると、彼も生意気な医師に対して、戦意を喪失したようだ。

――◇――

予定通り1週間後、稚加良強が退院した。
篤志は旧友の鬼律忠司に声をかけて、強の自宅に見舞いに行った。家には2年前から、長男夫婦と二人の孫が同居している。一軒の家に6人が同居といえば、現代では大所帯である。それでも、家はそこそこ広いので対応できているようだ。
強は、左手足が不自由なことと軽い言語障害を除けば、いたって健康そうだった。顔艶も良かった。
篤志と忠司は、強の体を気遣って、そうそうにおいとました。

「こういったとき、家族が家にいるのは心強いな」
帰りの道すがら、忠司がふっと思いついたように言った。
「ああ、皆が面倒を見てくれるからな」
「そ
[3]次へ
[7]TOP [9]目次
[*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35b