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鬼律忠司と僕野無有民が、町屋にある忠司の家で同棲を始めて、2年半が経つ。
現在、忠司が68歳、無有民が70歳になる。
二人が付き合いだしたのは、それぞれに元カレと別れたときだった。
忠司は、同じ高校教師ОBの大様坊也と付き合っていたが、その坊也が20歳年下の男になびいたのが、別れた原因だった。いわば坊也に振られた形だ。
いっぽう、無有民はサディストの男にいじめぬかれた末、別れることを決意した。別れ話ではさんざん揉めたが、忠司の旧友、仲間篤志のおかげで解決した。
二人は年金の収入とそこそこの蓄えはあったので、普通に生活するには困らなかった。
しかし忠司には夢があった。彼は海外の文学小説を読むのが好きで、感銘を受けた小説にゆかりの地を訪れてみたかった。ヘミングウェイの『老人と海』の舞台キューバ、ゲーテの『イタリア紀行』のイタリア各地、等々。
それを実現させるため、忠司は元英語教師という経歴を生かして、都の関連団体で非常勤の仕事をしている。そして無有民も、警備員その他のパート仕事をして、忠司の手助けをしようとした。
そんな苦労の甲斐あって、昨年の6月、二人はカナダのプリンスエドワード島に行った。
最初の旅行の地をカナダにしたのは、特別な理由があるわけではなかった。二人がよく訪れるフケ専ゲイのホームページに、カナダ在住の日本人(あるいは日系人)のエッセイが連日載っていて、カナダ旅行もいいなと思ったのだ。
プリンスエドワード島といえば、『赤毛のアン』のキャベンディッシュである。北海道の雰囲気に似て、赤土が特徴的な地だった。
そして、本で読んだままの風景と家屋が連なっていた。アンの家、『グリーン・ゲイブルス・ハウス』を訪れ、その裏手にある『恋人の小径』を歩いた。小径はひっそりとした風情で、ゆるやかな傾斜の赤い道が続いていた。
二人は前後に人がいないのを確かめて、そっと手を繋いで歩いた。海外で味わう、ロマンチックなひとときだった。
――◇――
「また肥ったか――」
スポーツジムの体重計に乗った仲間篤志は、つぶやいた。
寒いこの時期、ジムに来るのは滞りがちになる。それでも、いったん温水プールに入ると、のびのびとした気分になる。
水の中で休憩していると、例の小柄な老人が潜水して、篤志の股間に顔をくっつけてくる。それから立ち上がって、悪い、というように肩をすくめて、歩行用プールのほうに歩き去る。もうすっかり慣れっこになっているので、いわば儀式のようなものだ。
軽く30分ほど泳いで、ジムを出た。
運転手の大木奈が車を寄せて、篤志を迎え入れる。ジムにいる間、運転手を待たせるのは心苦しいが、冬場、外を歩くのは危険だと言って、大木奈は帰ろうとしない。
その日は、グランパラダイスの前で運転手と別れた。
店に入ると久しいことに、高校時代のクラスメートだった鬼律忠司とその相方、僕野無有民がいた。
「よう、結婚式ではお疲れさん」
忠司に声をかけると、二人が仲良く挨拶を返した。
篤志の知る鬼律忠司は、几帳面で何事もきちんとしていなければ気が済まない男である。いっぽう無有民は、体の大きい癒し系の老人だが、気が弱くてちょっと抜けているところがある。そんな二人が同棲を続けているのは、不思議な気がした。
だが、少し考えてみれば、それも有りかと思う。人間にはどこか弱い部分があって、それを埋め合うのは、なにも聖人でなくてもできる。
それでも二人を見ていると、無有民のほうが尽くして、忠司のほうが威張っているように感じられる。
篤志はふと、忠と一緒に見た洋画を思い浮かべた。ウォルト・ディズニー映画の『ベイマックス』。人間ヒロと、ベイマックスというロボットの交流を描いた物語だ。
ベイマックスは「傷ついた人の心と体を守る」使命を持ったケアロボットである。映画は少しアクションシーンが多すぎると思ったが、無機質であるロボットの人間的要素に、ホロリとした。
その、ふんわかとした丸っこいベイマックスと無有民のイメージが、篤志には重なって見えるのだ。
無有民がトイレに行って忠司ひとりになったとき、そんな思いがつい口をついて出た。
「ターさん、もう少しムーちゃんを大事にしてやったほうがいいぞ」
「アッちゃん、わたしだって68歳になるんだ。もう若い頃の元気なんてないよ」
「そっちのほうじゃない。アレをやらなくても、言葉が大事なんだ。たまには褒めてやったりしたら」
「アッちゃんをお手本にして?」
「べつにわたしの真似をしなくていいけど。精力を使うわけじゃないから、言葉なんていくらでも使えるだろう」
「じゃあ、聞くけど、その言葉に実はあるの?」
めずらしく忠司が喰いついてきた。
カウンターの奥から、洋児の声が聞こえた。
「会長の場合は、いつも口先だけやけん」
篤志がマスターをにらん
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