(2)

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1月5日、月曜日は、日間梨産業の仕事始めの日である。
篤志は、白のカッターシャツに真紅と紺のストライプのネクタイ、黒のスーツ姿で、年賀式に参列した。
会議室に集まった社員は役員を含め100人ほど。残りの社員はそれぞれの部屋で、液晶ディスプレーを見ている。
江利戸社長に次いで、篤志も年始のスピーチをした。
篤志は、意識して会社業務の話題を避け、世界の動きや社員個々の家庭の幸せを願うような話をした。
壇上から見ていると、驚いたことに役員席の端の方に、日間梨ウネの姿があった。彼女が年賀式に出てきたのは初めてのことである。

年賀式のあと、日間梨ウネに会いに行った。
非常勤取締役の部屋は、ほかの役員も使っているので、プライベートな話は出来ない。
それでもウネは、篤志がわざわざ訪ねてきたことで、心証を良くしたようだ。
「あなたのスピーチ、ずいぶん欲がなかったわね」
さっそくウネが、忌憚のない感想を言った。どうやら篤志が、仕事の話をしなかったことを言っているようだ。
篤志は肩をすくめて言った。
「人間、仕事の欲にとらわれると、生活のゆとりとか、感謝の気持ちとかを失ってしまいますからね」
ウネが声をあげて笑った。
「ああ言えばこう言う。ほんと、あなたって、一筋縄ではいかないわね」
彼女の表情は、まんざら非難している訳でもなさそうだった。

10時から江利戸社長や篤志ほか主だった役員が連れだって、山王日枝神社で初詣をした。篤志はさして信心深いほうではなかったが、それかと言って、恒例行事に逆らう気もなかった。
会社に戻って、自分の部屋で落ち着いていると、監査役の真締忠義から会いたいと連絡があった。ほどなく真締がやってきて、さっそく報告した。
「今日、日間梨取締役から話がありました。会長が相談役時代の疑惑ですが、調査を打ち切るとのことです」
「ほう、その理由について取締役は、何かおっしゃっていたかね?」
「いえ、とくに何もおっしゃっていません」
真締は篤志の顔を見て、一瞬探るような目つきをした。

真締監査役が部屋を出て行ったあと、篤志はしばし考えた。
(どうやら、日間梨ウネのことは心配いらないようだな)
そこでハッとした。
真締の探るような目つき――彼と一緒に、屋久佐平次のところに行ったとき、屋久は言っていた。「一度、抱いてやれ。それで変な動きも無くなる」と。
ひょっとしたら真締は、篤志が日間梨ウネを抱いて問題解決した、と勘違いしているのではないだろうか。
一瞬、真締を呼びもどして釈明しようと思ったが、それでは大人げないし、かえって疑惑を招くとも思われた。
篤志は結局、そのままにしておいた。

昼からは総務担当の役員を同行して、財界の主だったところに新年の挨拶に行った。
ひと通り回ると、同行の役員を会社でおろして、そのまま帰宅することにした。
途中、日本橋のデパートに寄った。厳しい寒さが続いていたので、忠にセーターを買ってやろうと思ったのだ。
運転手の大木奈が付き合ってくれた。
中年の女性店員が寄ってきたので、希望を伝えた。店員は陳列品を物色していたが、何枚かのセーターを持ってきた。
最初に勧めたのはベージュ色だった。篤志はそのセーターを着る忠の姿を思い浮かべた。無難だが、いかにもジジ臭い。
「じゃあ、これはどうでしょうか?」
店員が鮮やかな赤色のセーターを出した。
「おい、73のジジイには、派手すぎるのじゃないか?」
「とんでもございません。スイスでは70過ぎのお年寄りが、一番好まれる色ですよ」
なんでスイスが引き合いに出されるのか理解できないが、横で大木奈が、納得したように頷いている。
「そうか――じゃあ、Mにしてくれ」
「でも、お客さまでしたら、XLじゃないと――」
「いや、わたしが着るのじゃない。Mにしてくれ」

屋敷に戻ると、デパートの手提げ袋を忠に手渡した。
「ほれ」
「旦那さま、何でございますか、これは?」
「セーターだ。今着ているのは、かぎ裂きしたのだろう?」
忠はふっと目元を潤ませた。
それに気づいて篤志は言った。
「バカ、たかがセーターくらいで泣くな」
「だって、嬉しいんです。旦那さまが気にかけてくださるなんて」
言いながらも、忠は包みを開けてみて、「旦那さま、わたしにはちょっと派手すぎるのではないでしょうか」
「そんなことはない。スイスなんか、70代の爺さんが一番着ている色だぞ。お前の白い頭によく似合いそうだ」
店員の言った言葉の受け売りである。

忠は毎日、赤いセーターを着だした。
家に来た御膳念須巳が、それを皮肉な目つきで見ている。
「なんだ、あの色狂いは?」
と、やっかみ半分に言う。
「いいじゃないですか。年寄りが元気の出る色です」
そう言う篤志の顔を、御膳はじろりとにらむ。
「それで――わしのは無いのか」
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