(3)
床屋の右舞百八が帰ったあと、好を誘って外出した。百八の話を聞いて、八百屋の娘を見ておこうと思ったのだ。
店の前に立つと、苫戸初男がめざとく気付いて、寄ってきた。
まず好に向かって、「まいどっ!」と威勢よく言う。
ひとり住まいの好は、この八百屋をちょくちょく利用している。その上、グランパラダイスの店では、カラオケ好きという共通の趣味で、好と初男は顔馴染みだった。
親父はおもむろに、篤志に向き直った。
「やあ、会長、お珍しい。こんなところに、何のご用ですか?」
(親父のほうに用はないが)と思ったが、篤志は普通に答えた。
「いや、なに、ヨッちゃんがメシを作ってくれるというので、一緒に買い出しにきたのだ」
「それはありがとうございます。そう言えば屋敷にいた使用人さん、どこかに行っているんですってね」
(どこかに行っている?まあ、忠に逃げられたと言われないだけましか)
篤志は複雑な思いだった。忠が家を出たことを初男が知っているということは、町内のかなりの人数が知っているということになる。
おそらく、グランパラダイスあたりが噂の発生源だろう。あそこは熟年男性の井戸端会議が盛んだし、無駄なスピーカー役のマスターがいる。
篤志と店主が話をする間、表に出てきた店の娘は、好と親しそうに言葉を交わしながら野菜を物色している。
女性としては中肉中背だろう、目鼻立ちは地味だが、明るくて愛想が良い。二人のやりとりを聞いていると、はっきりした性格の持ち主のようにみえる。
好が買い物を終え、篤志が勘定を払うと、娘は明るい声で言った。
「まいどありがとうございます!」
お愛想だけではない温かい笑顔である。篤志も好も、しばし、いい気分にひたっていた。
店を出たあと、篤志はつぶやいた。
「父親に似ず、いい娘だな」
それを、好が頬をゆるめて、相槌を打つ。
「香織ちゃんは、親孝行で評判の子ですよ」
その日の夕方、好の作った晩飯を一緒に食べたあと、好は自分の家に帰っていった。
忠がいないとはいえ、二晩も篤志の家に泊まるのは気が引けるのだろう。いかにも律儀な好の心遣いだ。
所在ないので、グランパラダイスに出向いた。
珍しく客がいなくて、マスターの妻洋児と従業員の阿礼太が、暇そうにしている。
この頃、稚加良強は毎晩のように来ているので、会えるかと思ったが姿は無かった。
そのことを聞くと、洋児は「さあ、そんうち来るんやない」と言ったあと、篤志の顔をからかうように見た。
「そーいえば、ツーしゃん、こん前ヨッちゃんの唄っちょる声ば聞いて、かわいげな声だ、いっぺん泣かしちみるか、ち言うとった」
篤志は内心、穏やかでなかった。
強はこの頃、太り気味だが、背が高いだけに押し出しの立派な男である。面長の顔は、色が白く鼻筋が通って、見た目すっきりしている。しかも彼は、これはと思った相手に対して、臆面もなく正面からグイグイと押す。
女やウケの男色家は、そういったタイプに弱い。
満須夫に振られた今、強が好に触手を伸ばすことは十分考えられる。
「あの、スケベ。節操も無い男だ」
いくら幼馴染だとはいえ、篤志も、つい非難する口調になってしまう。
洋児の言ったとおり、ほどなく強が姿を見せた。アルコールはまだ入れていないようだ。これ幸いと懸案事項にとりかかった。
「ちょうど良かった。ツヨ、話がある」
「なんだ、お前に真面目に言われると、つい逃げ出したくなる」
「満須夫くんのことだ」
「満須夫がどうしたって?」
「八百屋の娘、香織さんと結婚したいそうだ」
言った途端、カウンターの奥で、ガシャン!と物の割れる音がした。
洋児が目を丸くして、こちらを見ている。強も驚いた表情をしているところを見ると、やはり満須夫は、強に言っていないようだ。
「お前、どう思う?」
篤志は聞いた。
それに答えず、強はマスターに言った。
「ヨージ、湯割りをくれ」
強は出された焼酎の湯割りを、グウッと呷った。空いたグラスを、催促するように洋児に突き出して、彼は独り言のように言った。
「どうも思いはしない。おめでたいことじゃないか」
予想通りの返答に、篤志は内心にんまりした。
強が負け惜しみのように言った。
「満須夫のやつ、女にも泣かされるのだろうな」
篤志はふと、強の子供時代の面影を見た。体が大きい割に、優しくて、気の小さいところがあった。篤志は思わず口を滑らせた。
「そういえば、ツヨも子供の頃、よく女の子に泣かされていたな」
言った途端、強が幼馴染をキッとして睨み、カウンターの奥では、洋児が過激に反応した。
「ええっ、ツーさんが!とても信じられんけん!」
――◇――
稚加良強のほうは解決したが、香織の父親のほうは、その機会がなかなか無かった。
そんなある晩、グランパラダイスに行くと、たまたま当の本人がいた。
苫戸
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