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2014年の暮れも1週間後に迫っていた。
今年もさまざまな出来事が起きた。ソチオリンピックで浅田真央の流した涙、日本サッカーが期待外れに終わったワールドカップ、ありのままで〜のメロディーが至る所で聞かれた大ヒット映画『アナと雪の女王』、青天の霹靂のような御嶽山の噴火――。
そんな出来事に比べれば、ほんの些細なことであろうが、篤志はピンチに陥っていた。
使用人の忠が家出して3日目になる。
それだけで不便この上ない。
朝食や着ていく服の用意、会社から帰宅して風呂の用意や寝るまでの細々としたこと。
代わって御膳念須巳が屋敷に来たが、役に立つどころか、かえって手間がかかる。それに、ことあるごとに求愛されるのが煩わしい。
忠の存在がどんなに大きかったか、いなくなって初めて知った。
しかし篤志は意地を張って、忠の行方を探そうとはしなかった。
(腹に据えかねることが重なっただと。なに、生意気言ってる)
もちろん篤志のほうに、やましい気持ちはある。
この3年間、付き合うじいさんたちが増えていた。グランパラダイスに来る安曽古好、篤志の元上司の御膳念須巳、土地取引で知り合った内田昭三。
とくに御膳などは、ひんぱんに篤志の家にやってきて、わがもの顔に振る舞う。よほど、篤志の家の居心地がいいのだろう。
篤志より4つ年上なので、現在72歳になる。御膳が現役時代、彼の部下だったこともあるので、この人物の偉大さは十分認識していた。篤志は誰に対しても物怖じしない性格だったが、唯一、御膳の前では、いつも一定の緊張感を持って接していた。
ところが2年前、御膳が会長職をしりぞいて市井の人となってから、篤志の御膳を見る目が変わってきた。――というより、御膳本人が変わったと言うべきだろう。
見た目はさほどの変化はない。現役時代、陰で社員たちにハツカネズミとあだ名されていたように、白髪、品のよい顔立ちをして、生き生きと輝く小さな目をしている。動作も小柄なだけに、きびきびとして元気がいい。
しかし、現役時代の泰然とした威厳が無くなった。代わって、悪戯好きの子供っぽい顔が表れだした。
その変化は、篤志をおおいに戸惑わせたところである。役職が人を作る、とはよく言ったものだ。もともと御膳には、悪戯心と遊び心が潜在的にあったのであろう。
それにしても篤志の精の強さは、年々齢を重ねているのに、不思議なことである。
企業の会長という重責が、逆に性欲を刺激しているのか。それとも水泳を続けているのが、ホルモンを活性化させているのか。
この前は好の家に行き、そのまま一夜を過ごした。しかも間が悪いことに、忠への連絡は簡単なメールで済ませた。
(だから何だって言うのだ)
後ろめたさはあったが、忠に屈服する気はない。
篤志としては、ひとり侘しく生活する老人たちを慰める――そんな博愛精神を発揮しているつもりだった。
しかし忠には、別の考えがあったようだ。
それにしても、少し妙だと思った。
あの忠なら、たとえ篤志に不満があったとしても、家を出て行くほど深刻にはならないはずだ。それに、彼にはどこも行くあてが無いはずだが――それとも篤志の知らない、忠の別の顔があったのか。
土曜日はめずらしく予定が無かった。
昨夜から泊まり込みで来ていた安曽古好が、朝食を作ってくれた。白飯と味噌汁、白菜の一夜漬け、それに焼き海苔と納豆。質素だが、心のこもった料理だ。
篤志が食事をする間、好はたまった衣類の洗濯にかかっていた。働き者の好らしく、洗った下着を手際よく庭先の物干しに吊るしていく。それが済むと、今度は広い屋敷内の掃除を始める。
どうやら好は、自分のせいで忠が家を出て行ったと、負い目を感じているようだ。だから忙しく働くことで、その罪悪感を消そうとしているのだろう。
今朝なども、好は篤志に向かって熱心に言っていた。
「会長、今日は忠さんを探しにいきましょうよ」
「ほっとけ!そのうち帰ってくる」
そんなやりとりがあった。
篤志は朝飯を食べ終わったあと、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。久しぶりに、ゆったりとした気分だった。
9時ごろになって、珍しい客が来た。床屋の右舞百八だ。
小柄な73歳の老人で、性別を超越した仏さまのような、独特の艶がある。
昔、男娼をやらされていた百八を、篤志が救ってやった。そのうえ、所有する空き家を与えて、床屋の商売を始めさせた。そんな縁で、老人は篤志を主人のように思っている。
「なんだ、シャク、今日は店を休んでいるのか?」
シャクとは、百八と尺八をひっかけた、篤志と床屋だけに通じる愛称だ。
老人はおっとりとほほ笑んで、穏やかに言った。
「店は開いておりますよ。でも、近頃は、マーちゃんが頑張ってくれているので、わたしは楽をさせていただいてます」
マーちゃんとは、華下満須夫
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