老いてますます盛ん

老いてますます盛ん

(1)

目覚めたとき、いつもと違うベッドの感触に、一瞬戸惑った。
(――ああ、昭三さんのマンションに泊まったのだった)
記憶がじんわりとよみがえってくる。素裸の上に毛布が一枚、昭三が掛けてくれたのだろう。その家の主、内田昭三の姿はない。
ベッドから抜け出て、大きく伸びをした。体の節々が痛い。
(昨夜は少々、頑張りすぎたか――)
窓際に行ってカーテンを引き開けた。不忍池と背後の上野の森。都心とは思えない大きな自然が広がっている。すでに紅葉は落ちているが、7階からの眺めは、気持ちを豊かにしてくれる。
裸の肌に、朝の冷気が染み込んでくる。剥き出しの陰嚢がキュッと引き締まる。
ベッドサイドに、きちんと畳まれたフンドシがある。昭三が自分の物を用意してくれたのだろう。手に取ると、冬の日差しの匂いがした。それをありがたく身に着ける。
(ふむ、今日も絶好調――とまでは、いかないか)
仲間篤志は68歳になる。
中背太目の体型、若い頃ラグビーで鍛えた肉体はすっかり脂肪の層で覆われている。
それでもこの3年ほど、スポーツジムに通って水泳を続けているので、体は締まってきた。それに若さを多少取り戻したのか、性欲も増した気がする。
やかんの湯が湧きあがる、ピーっという音が聞こえてきた。
残りの衣服を着て、顔を洗った。台所に行くと、昭三が朝食の用意をしている。長い間の単身生活から、料理を作るのは手際よい。
老人は篤志の姿を認め、穏やかに笑いかけておっとりと言う。
「お早うございます。お茶を入れますから、どうぞ食卓に」

内田昭三はタバコ屋をやっていたが、篤志の勤める会社に土地を売って、湯島にあるマンションに移り住んでいる。78歳になるが、よく日焼けして、品のある整った顔をしている。いわゆる古風なタイプの男前である。健康には気を配っていて、毎朝、散歩と太極拳を欠かさない。
篤志は老人の顔を見て、いい顔だなあ、とつくづく思う。そして、心和ませる柔らかな姿に、昨夜その肉体と交わった記憶がまざまざと蘇る。
再び気持ちがざわめいてくる。
ほどなく老人が、朝食を食卓の上に並べだした。焼き魚とおろし大根、焼き海苔と納豆、それに生卵とほうれん草のお浸し。
最後に、ごはんと味噌汁を装って持ってきた。
「おっ、これはまたご馳走だな。いただきます」
篤志が言って、さっそく料理に箸をつけると、昭三は嬉しそうな顔をした。いつもよりおかずの種類を増やしたことに、老人の篤志に対する気持ちが表れている。

所変わって、こちらは仲間篤志の屋敷内――。
使用人の古々呂忠は最近、苛立たしい気分だった。
旦那さまがジムに通いだして体調がいいのは良いが、少々、あちらのほうが過ぎるのではないかと思う。以前にも増して忠を抱いてくれるだけでなく、ほかの爺さんを抱く頻度も増えているようだ。昨夜も内田昭三とかいう爺さんのマンションに、泊まりがけで行っている。
忠が73歳の現在まで独身を通してきて、充実した生活を送って来られたのも、旦那さまのお蔭だ。
熟成された大人の雰囲気を持つ旦那さまの顔を思い浮かべるだけで、蕩けるような温かい気分になる。
しかし彼は旦那さまを独り占めするつもりはなかった。また、人一倍精力の強い旦那さまが、ほかの爺さんたちを抱くのも容認していた。
しかし――頭で理解するのと、心で感じるのは違う。
旦那さまの行動を容認しているつもりでも、なにか苛立たしい気分になる。
忠はそんな自分の心理状態を、旦那さまの健康を気遣うことで置き換えていた。
(――何事も、過ぎるのは良くないことだ)

もうひとつ、忠を苛立たしい気分にさせるのが、御膳念須巳の存在だ。
旦那さまの勤め先、日間梨産業の元会長で、3年ほど前、旦那さまを相談役として職場に引き戻し、あげくの果ては、自分の会長職を旦那さまに押し付けた張本人だ。
旦那さまが大手企業の会長になるのは、本来喜ぶべきことであろう。
しかし忠の考えは違っていた。せっかく旦那さまが悠々自適の生活を送られていたのに、それを戦場に引き戻したようなものだ。
そのうえ厚かましいことに、この御膳念須巳という男は、古希を迎えて男色に目覚めたと言って、旦那さまに急接近してきた。
もちろんお優しい旦那さまのことだから、御膳念須巳にも平等に愛を注がれている。
その念須巳が図に乗って、旦那さまと忠が交合しているところを眺めさせてくれ、と言ってきた時には、この小さな闖入者の常識を疑った。
(一体どんな神経をしているのだ?)
本人は、寅さん映画に出てくる柴又帝釈天のご前さまファンだから、自分のこともご前さまと呼んでくれ、などとおよそ訳の分からないことを言う。
近頃、特に用もないのに、御膳念須巳がお屋敷に泊まりに来る回数も増えてきた。まるで自分の別邸だと勘違いしている節
[3]次へ
[7]TOP [9]目次
[*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35b