(10)
銃はどこにも見当たらなかった。
ふと、足元にロープがあるのに気づいた。先端が輪状に結わえられていた。福井を吊るし首にしたロープだ。
俺はとっさにそのロープを掴むと、ゴリラ男の背後に近づいた。
ロープの輪をゴリラ男の首にかけると、後ろから力一杯、ロープを引っ張った。
輪がグッと引き締まるのが手に伝わってきた。
ゴリラ男の手が離れ、福井が床に落下した。
男は首を締めつけるロープを外そうと、もがきまわったが、俺は背後に回りこんで、男がロープを掴めないように、引っ張りつづけた。
ふいにゴリラ男が、俺を目がけて、やみくもに突進してきた。
俺はかろうじて横に避けた。
ゴリラ男は舷側に腿をぶつけ、勢いあまって外に飛び出した。
ゴリラ男の体重に引っ張られて、俺の体も引きずられた。
あわててロープを離した。
男の落下につれて、ロープが急速に伸び、ついで巻かれたロープの山が、舷側にぶち当たった。
そのとき、もつれたロープが舷側の金具に引っかかった。と同時に、舷側から先のロープがピンと張りつめ、かすかにきしみ音をたてた。
俺はあわてて舷側に走り寄った。
ロープの先に、ゴリラ男がぶら下がっていた。
なすすべもなく見守った。
喉をかきむしる男の動きが弱まって、ふいに両腕がだらりと垂れ下がった。男の体はまるで、フックに吊るした牛肉の塊のように、ゆっくりと左右に揺れていた。
それを見ていて、口の中に酸っぱいものがこみあげてきた。
振り返ると、デッキに転がったブラックジャックが目にとまった。
俺はそれを拾いあげた。
福井と池上はぐったりとして、デッキに屈み込んでいた。彼らが無事なのを見届けると、足を引きずりながら、デッキの船室に歩いていった。
残るは梶山ひとりだ。もう逃げ回るのはうんざりだ。ここで決着をつけてやる。
俺は決然として、船室のドアを開けた。
室内はむっとするほど暖かく、寝袋が左右のベンチの上にあるのが、かろうじて見て取れた。おそらく、ゴリラ男と梶山が寝ていたものだろう。
手探りで照明スイッチを入れると、部屋の片隅に梶山の姿があった。その手には、出刃包丁が握られている。倉庫の前で俺が倒した、若い男の姿はなかった。
俺はブラックジャックを片手に、梶山のほうにゆっくりと歩み寄った。
梶山は体の前で包丁を構え、こちらを見ながら背後の壁にへばりついた。その目は生け贄にされた動物のように、見開かれていた。
「これで、おまえひとりだ。殺し合いをやりたいんなら、相手になってやる!」
俺は低い声で言った。
梶山の顔が恐怖にゆがんだ。包丁を持つ両手が、ブルブルと震えだした。ついに彼は、包丁を床に落とした。
「勘弁してくれ!もうおまえたちのことは忘れる」
「忘れるだと──」
俺は梶山の前に立つと、にらみつけた。
激しい怒りに、アドレナリンが体中を駆け巡った。
「勝手なことを言うな!おまえは忘れても、俺は忘れないぞ。おまえは俺の女房を殺した。太田さんも殺された。おまえの愛人の妙子も。それもみんな、おまえのせいだ」
梶山は懇願するように、怯え声で言った。
「頼む、金をやる。欲しいだけくれてやる。だからわしを逃がしてくれ」
俺は、梶山の顔を殴りつけた。梶山が壁にぶつかり、床にへばり込んだ。その体を引き起こしながら、俺は怒鳴った。
「おまえの顔を見ていると、虫酸が走るんだよ。この世の中は、金で動かない人間もいるんだ!」
俺は、梶山の腹を殴った。梶山が腹を押さえて床にうずくまった。
「遠山さん!」
池上警視の声がした。振り向くと、池上と福井が部屋にいた。
池上は足を引きずりながら近づいてきた。
「あとは法の手に委ねましょう。あなたの怒りもわかりますが、それ以上やると、あなたまで犯罪者になってしまう」
俺は振り返って梶山を見下ろした。
梶山は、でっぷりとした体を丸っこく縮こまらせて、恐怖に震えていた。
たしかに池上の言う通りだった。こんな男のために、俺の一生を棒に振ることはない。
すでに悔やんでも悔やみきれない失敗をやってきた。そのために、女房と野球人生を失ったのだ。失敗はもうたくさんだった。俺にはまだ、大切なひとり息子がいる。
俺は梶山の体を引き起こした。
「ひとつだけ聞く。正直に答えるんだ。太田さんの遺体をどこにやった」
梶山は震えながら、素直に答えた。
「海に沈めた――鎖を巻きつけて。この近くだ──」
俺はそれを聞くと、梶山の体を抱えあげ、テーブルの上に放り投げた。それから、池上警視が拷問されたように、梶山の手足をひとつずつ、ひもで縛りだした。
池上が叫んだ。
「遠山さん、何をするつもりだ!」
「警察が来るまで、逃げないように縛りつけておくだけです」
俺は梶山を縛りおえると、男の顔をじっと見た。梶山はテーブルの上に大の字にされて、不安そうにこちらを見てい
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[*]
感想