(2)

(2)

池上の自宅は、古い一戸建てが軒を接して立ち並ぶ、住宅街の一角にあった。
朝の7時から、前の通りをゆっくりと5往復した。本来なら通勤時間帯だが、日曜日なので、人通りは少なかった。
俺は毛糸のスキー帽をかぶり、黒縁の目がねをつけていた。即席の変装だった。福井名義で借りたレンタカーは、少し離れた路上に置いている。ポケットには福井に借りた携帯電話、そして腰のベルトには空の拳銃を差している。
門にかかった表札から、池上が息子夫婦と同居しているのが分かっていた。
池上が出てくるのを辛抱強く待った。昨夜は福井を抱いたおかげで、ぐっすりと寝ることが出来た。しかし、暴行を受けた患部は、まだ痛みが取れていない。

ようやく8時すぎに、池上が家から出てきた。5歳くらいの男の子がいっしょだった。
俺は尾行を開始した。
池上は、子供の手を引いて、なにやら楽しげに話しかけながら歩いていた。グレーの毛糸のセーターに焦げ茶のスラックス。普段着姿の彼は、孫に甘い好々爺そのものだった。
二人の目的地は、近くの公園だった。ブランコと小さな砂場、そして土の広場。どこにでもある町の小さな公園だ。
俺は樹木の陰から、孫と遊ぶ池上の様子をうかがった。朝も早いので、いま公園にいるのは池上と子供だけだった。
意を決めると、俺は池上のほうに歩いていった。
俺の顔を認めて、池上の表情が強ばった。
「やあ、お孫さんですか?」
俺はにこやかに微笑みかけた。
「どうしてここが分かった?」
池上は言ったあと、ふと思いついたようだ。「昨日、妙な電話があったと女房が言っていたが。あれはおまえの仕業だな」
俺は質問に答えず、のんびりと言った。
「かわいいお孫さんだ」
そして、皮ジャンパーの左裾を少し開いて、腰の拳銃を見せ、小声で言った。
「ちょっと付き合ってくれ」
池上は拳銃を見て、ギョッとした表情をした。彼はあえぐようにささやいた。
「馬鹿なことはやめろ。おまえには緊急手配がなされている」
自分が警察に手配されているというニュースにショックを受けたが、俺は気を取り直して言った。
「それ以上無駄なことをしゃべったら、どうなるか知らないぜ。いいか、俺だって必死なんだ」
俺の言葉に、池上が黙り込んだ。
「さあ、一緒に来るんだ」
俺は空いた手で池上の右腕をつかんだ。
池上は抵抗しなかったが、ためらいがちにささやいた。
「この子は家に返してやってくれ」
「ああ、ひとりで帰れるだろう」
「だめだ。まだほんの子供だぞ。迷子になってしまう」
俺はちょっと考えた。
「分かった。家には誰かいるのか?」
池上は少しためらったが、息子夫婦がいると答えた。
「じゃあ、家まで送ってやる。車をとめてある、あんたが運転しろ」
俺は言ったあと、ふと思いついて付け加えた。「その前に、あの公衆電話から家に電話しろ。急用ができてすぐ出かけるとな」

俺は電話ボックスのドアを開けて、池上が電話する間、話す内容を聞いていた。
池上は、子供の肩に手を置く俺の姿を不安そうに見ながら、家人に用件を話した。
そのあと池上にレンタカーを運転させて、子供を家まで送り、そのまま外人墓地の近くの古い洋館に行った。そこが廃屋になっていることは、昨日の調査で分かっていた。
池上に命じて車を裏庭まで進ませると、そこで駐車させた。
俺は拳銃を構えながらトランクを開けた。そして池上に命令した。
「中にバールが入っている。それを取り出せ」
池上が車からバールを取り出すと、不意討ちに備えて、慎重に距離を取りながら、裏口のドアを顎で指し示した。
「そのバールでドアをこじ開けろ」
池上がムッとしたように、俺をにらんだ。
「そんなことをすれば、家宅侵入罪になるぞ」
「あとで笑ってやるから、冗談はそのへんにしとけ。さあ、ドアを開けろ」
ドアがこじ開けられると、忘れず池上に命じて、バールを車のトランクに戻させた。
家に入るとき、池上が開き直ったように言った。
「こんなことをする必要があるのか?」
「必要があるからやっている。さあ、中に入れ」
俺は池上の腕をつかむと、屋敷の中に押し入れた。

一瞬の油断をつかれた。
池上がすっと体を擦り寄せたとたん、俺は払い腰で投げ飛ばされていた。
床に叩きつけられて、息が詰まった。
池上は小太りの体型にかかわらず、敏捷だった。彼はすかさず、床に転がった拳銃に飛びついた。
「形勢逆転ってところだな。さあ、起きろ」
拳銃を手に、池上が命令した。
俺は打ちつけた腰をさすりながら、床に座り込んで警官を見上げた。
「さあ、どうかな。弾丸の入っていない拳銃は、あまり役に立たないからな」
池上が、手にした拳銃に目をやった。
俺はその隙を逃さなかった。体を投げ出すようにして、足払いをかけた。
それが見事に決まった。
池上の肉づきのいい体が宙に浮き
[3]次へ
[7]TOP [9]目次
[*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35b