(1)
「警察にも、梶山の手先がいたって言うのかい?」
福井は、半信半疑の表情をしていた。俺は民間人から奪った車を交番の近くで乗り捨て、歩いて福井のアパートに戻っていた。
「ああ、間違いない。そいつは、大木さんが俺と会うのを聞いていて、仲間に連絡したんだ。大木さんはベンチで不意をつかれて殺されたのだろう」
「でも誰だろう?警察の中に悪の手先がいるって、にわかには信じられないな。まるでアメリカのギャング映画だ」
「でも、俺が襲われたのは事実だよ」
まだ信じられない様子の福井を見ながら、俺は言った。「これまでずいぶん悪夢に悩まされてきたけど、今度のことは夢じゃない。現実に起こっているんだ」
「でも警察が信用できないとしたら、一体これからどうすればいいんだね?」
「以前、俺に会いに来たもうひとりの警官、池上に会うよ。こんどは連絡なんかせずに、こちらから直接会ってやる」
横から啓介が、口出しした。「その警官が悪者の手先だったら?」
俺はつとめて何食わぬ顔で言った。
「ああ、そのときのことは考えてある。ここに戻る途中、ちょっと事前調査をしておいた」
「事前調査?なんのことだね?」と福井。
それに答えず俺は、啓介に向かって言った。
「啓介、コーヒーを入れてくれるかい?おまえが作るコーヒーは美味しいからね」
啓介がキッチンにいくと、俺はすこし声を落として、福井に言った。
「福井さん、ひと仕事やってもらいたいんだ」
「何をやるんだね?」
「池上警視の自宅の住所を調べたい。電話帳には、彼の名前は載っていなかった。だから──」
俺は、福井に作戦を話した。
福井はちょっとためらっていたが、渋々ながら立ち上がって、電話をかけた。
「もしもし、浜警察署ですか?鈴木と申しますが、池上警視をお願いします──えっ、今日は非番で休みですか。困ったなあ。じゃあ、自宅の電話番号を教えてください。──教えられない?どうしてですか?私は、池上さんとはY大の同期生でして。こんどの同窓会のことで、どうしても今日、彼と連絡を取りたいのです──そうですか。有難うございます──あ、ちょっと待ってください。732の──」
俺はその横で、福井の言う番号を書きとめた。以前、池上が、俺と大学の同窓だと言っていたのが役立った。
福井が受話器を置いて、フーッと長い息をはくと、俺は拍手をしてやった。
「名演技だ。福井さんにこんな隠れた才能があるなんて、思いもしなかったよ」
「よしてくれ。なんだか、あなたといると、私はますます犯罪の深みに嵌っていくような気がする」
「じゃあ深みに嵌りついでに、もうひと仕事」
福井は、やれやれというように受話器を取って、警察に教えてもらった番号を押した。
「もしもし、池上さんのお宅ですか?――私、鈴木と申しますが、芳信さんはおられますか?──えっ、そんな名前の人はいない。おかしいなあ。番号は間違いないはずなのに。そちらの町名は何というのです?──え、吉野町?じゃあ間違いないな。2丁目の3でしょう?──えっ、違う?5丁目の2ですか。変だな──あ、すみません。とんだご迷惑をかけてしまって。もう一度、調べ直してみます」
福井が、額に滲んだ汗を拭きながら電話を切ると、俺は感心して彼を見た。
「福井さん、商売を間違えたのじゃないか。いまのやりとりを聞いていると、どうみても詐欺師だ」
「人に無理強いしておいて、何を言う。もういやだ。人をだますなんて、私の良心がシクシクと痛むよ」
「そんな風には見えなかったけど。でも福井さんのおかげで住所が分かった。助かったよ」
その日の晩飯は、福井の手作りのちゃんこ鍋だった。俺たちは鍋を囲み、心の温まる、家庭的な食事をした。恐ろしい事件をしばし忘れる、ひとときだった。
料理を箸でつまみながら、啓介が満足そうに言った。
「おいしい――小父さん、料理がうまいね」
「啓ちゃん、料理の腕前じゃない。材料がいいんだよ」
「僕でも作れるかなあ?」
「ああ、大丈夫だよ。ちゃんこ鍋は材料さえそろえば、簡単にできる。ほれ、啓ちゃん、カニがまだ残っているぞ」
「ありがとう。じゃあこんど、家で作ってみようかな。ねえ、お父さん」
「ああ。福井さんも招待してね」
俺は、息子の明るい笑顔につられて微笑みながら、ふと思った。はたしてこの先、家に戻って食事をする時が、やってくるのだろうか。いや、きっと、俺がそうなるようにしてみせる。
好々爺然として世話をやく福井と、すっかり元気を取り戻した啓介を見ながら、俺はグッと気持ちを引き締めた。
啓介が隣の部屋で先に寝たあと、俺と福井はダイニングで、水割りをちびちび飲みながら、今後のことを話していた。
うっすらとピンク色に染まった艶やかな顔を見ていると、唐突に、老人の柔らかい肉体に対する欲望が募った。その思いが顔に現れたの
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