(13)
次の日、目を覚ましたときは、すでに9時過ぎだった。福井に話しかける息子の明るい声が聞こえてきた。最初は夢の中だと思った。
身動きした途端、体中の痛みがワッと押し寄せてきて、現実の世界に引き戻された。
痛みをこらえて起き上がった。
先に起きていた啓介は、台所にいる福井の手伝いをしていた。息子を見ていると、12歳の少年にとって大変な経験をしたにもかかわらず、いつもと変わらぬ様子だった。
俺はホッとするとともに、息子の包容力に驚いていた。
福井が俺のために、ホットミルクとトースト、それにハムエッグをテーブルに運んでくれた。彼は、その日のタクシーの仕事を休みにしていた。
「福井さん、あんたには迷惑のかけっぱなしで、本当に申し訳ない」
遅い朝食をとりながら、俺は素直に礼を言った。
「いいんだ。独り身の暇を持て余していたんで、ちょうどいい刺激になる」
「でも、危険と隣り合わせの刺激だよ。現に、昨夜、俺たちは殺されかけた」
それを聞いて、福井はたしなめるように、そっと啓介のほうに目配せした。
「小父さん、僕のことだったら、気にしなくていいよ。僕たちが殺されそうになったのは、本当のことだもん」
啓介が大人びた口調で言った。
福井が感心したように目を丸めた。
「でも、啓介ちゃん、学校はどうするの?悪人に狙われているんだよ」
福井の言いたいことは、俺にもよく分かった。こんな危険な状態で、啓介を学校に行かせる訳にはいかなかった。そうかと言って、学校側にどう言い訳するか思い悩んでいると、福井に話す啓介の声が聞こえた。
「小父さん、今日は土曜日だよ。だからあしたまで休み。その間に、お父さんがなんとかしてくれるよ」
福井が俺を見て、肩をすくめた。それから質問した。
「それで、これからどうするんだね?」
「事件が解決するまで、啓介をここに置いてほしいんだ。俺の家は危険すぎる」
「それはかまわんよ。でも、警察には連絡したほうがいい。人殺しが相手では、荷が重すぎるからね」
福井は、昨夜の議論を蒸し返した。
俺は池上警視の顔を思い浮かべた。そして考えながら言った。
「警察にはちょっと気になることがあって──梶山は、警察の動きをすべて知っているようなんだ。だからちょっと様子をみたい」
「様子をみるたって、何をするつもりだね?」
それに答えず、啓介に向かって、前から気になっていたことを訊いた。
「啓介、そのキーだけど、確か浜銀行だったっけ――貸し金庫を借りたのは、いつごろのことだ?」
俺は、息子の首筋に見えている、金の鎖を指さした。啓介はその鎖を、まるで死んだ母親と繋がりを保つように、いつも身に付けていた。
啓介は即座に答えた。
「ぼくの誕生日。今年の10月27日だよ」
「貸し金庫を借りるとき、母さんが銀行に行ったのか」
「お母さんとぼく。そのときお母さんは、大きな茶色の封筒を持っていた」
「それを金庫にあずけたのか?」
啓介はうなずいた。
俺は息子の顔をじっと見ていたが、しばらくして言った。
「ひょっとしたら、その茶色の封筒が、悪いやつらの探している、書類かもしれないな」
「中身は何だろう?」と啓介。
「それを今日、確かめてみようと思っている」
そこで土曜日なのに気がついた。「しまった、銀行は今日、休みか」
横から、福井が言った。
「大丈夫、浜銀行は土曜日もやっている。ただし、12時半までだ。――今から出かければ、間に合うよ」
その銀行は、10階建てのビルにあった。建物は広い通りに面していて、街路樹のプラタナスは、すっかり葉を落としている。
通りをはさんだ向かい側に車を停めて、俺たちは銀行の様子をうかがっていた。
ビルを出入りする人間は多かった。俺はその一人ひとりを、外見から判断しようとした。スーツや私服を着た男女の群れ。そのうちのだれが陰謀に加担しているのか、外見からは見当もつかない。
「貸し金庫は地下1階にあるよ。あの玄関から入って部屋の真ん中にあるエスカレーターをおりるんだ」
一度来たことのある啓介が、横から説明した。
「エスカレーターをおりてすぐか?」
「ううん、ちょっと歩いた。廊下に入って、その先のほう」
「分かった。福井さん、15分くらいで済むと思う。車を回して、銀行の前で待っていて」
俺と啓介は車をおりた。ここに来る途中、啓介には新しい靴を買い与えていた。
通りを横切り、銀行に向かった。万が一、梶山たちが監視しているということもある。俺は歩きながら、注意深く周囲の動きを観察した。
銀行に入ると、啓介の誘導で、広いホールの中央にあるエスカレーターをおりた。下におりると、そこも小ホールになっていた。
ホールに接続した右手の廊下を少し歩いた。
啓介は、ガラススクリーンで仕切られた、部屋の前で立ち止まった。
「ここだよ。中のカウンターで手
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