(3)

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翌朝、ランニングを終えたあと、佳代の残したメモや写真のこと、そして臼井妙子や梶山のことを、池上警視に話そうかと思った。今や佳代が殺された可能性のほうが強かった。
しかし、何かが俺を思いとどまらせた。ひょっとして佳代が、栗田の横領事件に関係しているのではないか。もしそうなら、死んだ彼女のことはそっとしておきたかった。
結局、もう少し梶山のことを調べてみることにした。
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
引退医師の太田だった。
俺は老人の出現に、内心うんざりしたが、葬式の時、世話になったこともあって、笑顔で彼を迎え入れた。太田は、いつになく明るい俺を見て、ちょっと戸惑ったようだ。彼は慎重な口ぶりで切り出した。
「ちょっと通りがかったので――お邪魔だったかな」
「とんでもない。さあ、先生、上がってください」
「ああ。ところでどうした?――顔が強張っているぞ」
「引き締まったと言って欲しいですね。最近、ランニングをしているんだ」

俺は老人のために、お茶の用意をした。
太田はでっぷりと太った身体をソファーに沈め、キッチンで湯を沸かす俺を、面白そうに眺めていた。
「炊事姿がすっかり板についてきたな。まあ、人間、必要あれば順応するものだ」
居間から聞こえる太田の声を聞き流して、昨日、啓介が食べたカステラの残りを棚から取り出し、慎重な手つきで切り分けた。カステラは、太田の大好物だった。
「会社は辞めたのか?」
老人の声がした。
「辞めちゃあいないよ。休暇を取っているんだ」
「休暇?もう3週間になるぞ」
「ああ、一ヶ月間、休むことにした」
「一ヶ月も。そんな必要があるのか。お前さんは見たところ、だいぶ立ち直っているようだが」
「そんなでもない。俺は気持ちを、表に出さないほうだから」
「それを言うなら、鉄面皮というのだろうが」
「けっ、それは先生の認識不足だぜ。ところで先生、今日はなんの用だい」
相変わらずおしゃべりな老人に、俺はあきらめて相手をすることにした。ところが老人の声は、返ってこなかった。

不審に思って振り返ると、老人はテーブルの上に置きっぱなしの書類を手にとって、熱心に読んでいた。佳代の残した手紙、メモや写真――それに、俺が思いつくままに、疑問をメモにしたものだ。
「先生、他人のものを勝手に見るな!」
俺はあわてて駆け寄ると、老人の手から紙切れをひったくった。しかし、後の祭りだった。太田は興味津々の顔をして、俺を見上げた。
「心中に見せかけた殺人?12億円を横領?恐喝?──それに梶山の女、臼井妙子って何のことだ?」
太田は、立て続けにしゃべった。
「先生には関係のないことだよ」
頭の中は、どうやって言い逃れしようかとめまぐるしく回転していた。俺は思いつくまま口に出した。
「分かった、白状するよ。ただし先生、笑うんじゃないぞ。実は前から、推理小説を書きたいと思っていたんだ。このメモは、思いついた時に書きとめたものだ」
「ハハハ──」
太田は、面白くもなさそうに笑った。そこで、俺の顔をジロリと見た。「底の浅いウソをつきおって。お前が小説を書くのなら、わしはピアニストになっているわ。さあ本当のことを話せ」
俺は内心、舌打ちしたが、表情を変えずに言った。
「先生、何を言っているんだ?それに、何でそんな陰謀小説じみた話を、真に受けるんだよ?」
老人は俺の顔をじっと見た。
「一週間前だったか、警官が二人、わしのところにやって来て、お前のことを根掘り葉掘り聞いたからだよ」
俺は、太田老人の言葉に衝撃を受けた。
では警察は、自殺よりも他殺だと決めたのだ。それも、どうやら俺自身が、第一の容疑者になっているようだ。
ふと、山下埠頭に行った時の、池上警視との会話を思い浮かべた。
(佳代がこんな寂しいところを、死に場所に選ぶはずがない。私は女房の性格をよく知っていますからね)
(そんなことを言っていいのですか?他殺だなんて)
(どうしてです?)
(だって、二人が殺されたとなると、あなただって犯人の可能性がでてくる)
俺は上の空で、老人に聞いた。
「警察は──どんなことを質問していました?」
「いろんなことだ。夫婦仲やお前の性格、交友関係などだ。もっとも、わしはお前のことをたいして知らないので、怪我をした脚の状態くらいしか話せなかった」
そこで彼は、腰に手を当てて、大きく伸びをした。
「お茶はどうした?冷めちまうぞ。話はあとだ。お茶を出してくれ」

結局、俺は知っていることを話した。
あとで考えれば悔やまれることだったが、そのときは、どうせ老人に話しても、たいしたことではないと思っていた。それに、話すことによって、俺自身の頭の整理ができるとも思ったからだ。
池上警視との会話。佳代が死んだあと届いた、彼女からの手紙。絵画の裏で見つけた佳代の残したメ
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