(五)
大和須佐之介と別れた新之輔は、ひとり馬に乗って、但馬から丹後へと、出来るだけ海寄りの道を選んで進んだ。須佐之介に貰った剣は、鞘に紐をつけて背中に差していた。
途中、若狭の国の小浜に辿り着いたところで思案した。
南に下って琵琶湖沿いの道を行けば、京から大坂に至る。医師の小壺芳実は大坂に行きたいと言っていた。しかし、芳美がいつまでも大坂にとどまっているとも思えなかった。
迷った末、敦賀から越前の国に入り、北陸道を通って永平寺を目指すことにした。
永平寺は曹洞宗の大本山である。道元によって開山されて以来、門前町とともに発展してきた。鬱蒼とした杉の木立の合間に、幾多の伽藍が立ち並んでいる。
僧房を訪れると、小坊主が出てきた。
新之輔が大和須佐之介の名前を出して、妙窓和尚に会いたいと伝えると、「しばしお待ちください」と言って、小坊主は奥に引っ込んだ。
ほどなく中年の御師(おし)が現われた。背の低い小太りの男で、人好きのする温厚そうな顔をしている。
「妙窓さまが会われるとのことでございます。どうぞ足を濯がれて、お上がりください」
御師の後について、磨き上げられた廊下を歩いた。
静まり返った院内で、前を歩く御師の肉付きの良い臀がもくもくと動くのを見て、新之輔は血が騒ぐのを覚えた。
やがて通されたのは奥まった部屋で、裏庭に面していた。障子が開け放たれ、柔らかい光の入る部屋に、ひとりの小柄な老僧が座っていた。
その僧は枯淡の風貌をしていた。物腰は飄々として、春風のような爽やかさを漂わせている。
「妙窓でございます。よくお越しくださいました。大和須佐之介さまのお知り合いとか」
声は小さいが、澄んだよく通る声だった。
「拙者は風間新之輔と申す。大和殿が貴僧に会うことを勧めたので、訪ねて参りました」
妙窓は上品に小首をかしげて言った。
「大和さまは女人一筋のお人ですが――あの方が拙僧を勧められたとは、どういったご事情がお有りでしょうか」
「それは――そのう」
新之輔は言い淀んだが、思い切って話した。「実は拙者は、幼い頃の辛い出来事があって、女人と情を交わすことが出来ませぬ。また衆道も、共に暮らした爺に馴染み過ぎて、老いた男にしか情が湧きません」
「ほほほ、正直なお方だ」
妙窓は艶やかに笑った。「それで拙僧をご覧になって、あなたさまの情は湧きましたでしょうか」
「はっ、それはもう――」
新之輔は頬を赤らめた。
老僧は穏やかに話し始めた。
「男色は、仏門でもお武家さまの世界におきましても、年上の男が稚児や若衆を慰め者にするのが常道でございます。でもわたくしは、あなたのように若い男が年寄りを慰め者にするのが、人として自然の摂理であるように思っております。なぜなら、固い蕾よりこなれた蕾のほうが、太い魔羅を受け入れるのに無理がないからです」
そこで泰然と微笑んだ。
「拙僧もあなたが気に入りました。しばらくこの僧房にご逗留ください。衆道について、じっくりと語り合いましょう」
「高野六十那智八十」という俚諺(りげん)がある。
高野山や那智山で修行する僧侶たちは、六十歳八十歳になっても、なお、小姓役を勤める、というのである。
つまり、いくら高齢になっても、男色に対しては特別に精を出す。後庭華(肛門性交)を提供することによって、相手に情を施す。この犠牲的な献身こそが仏の功徳に通じる、と解釈されているのだ。
大平寺の妙窓も、同様の考えを持っているようだった。
「私ども僧侶の隠語に、天悦と大悦という言葉がございます。天悦は二人悦、つまり女色のことで、二人を合体させて天の字としました。
対しまして、大悦は一人悦、つまり男色のことでございます。男色は、する側だけが悦楽を得ますが、される側は苦痛に耐えなければなりません。
そこで一人だけが悦楽を得るので一人悦とし、一人を合体させて大の字を当てはめたのでございます」
妙窓は説法するように、穏やかに話しつづけた。
「ところが、拙僧のような高齢者になりますと、男色も天悦となるのでございます。つまり、される側も悦楽を得るようになるからです」
「和尚は何歳になられるのですか」
「九月に七十二歳になりました」
「それにしてはお若い。お顔の肌も艶々としてござる」
「ほほほ、それは長年、男の乳を飲み続けてきたからでしょう」
「男の乳とは何のことでござるか――」
聞いている途中でその意味に気付いて、新之輔は顔を赤らめた。
妙窓は嬉しそうに笑った。
「ほほほ、純情なお方だ。ますますあなたが気に入りました。まずは湯屋で汗を流して、旅の疲れをお取りください」
僧房の湯屋は薄暗い中に、大きな樽型の浴槽が据えられていた。三人は入れそうな大きさで、湯煙がたゆたっている。
桶で湯をすくい取ってざっと身体を清めたのち、湯船に浸かった。心の休ま
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