(10)
家に戻ると、思いがけない訪問者が玄関先で待っていた。
親父だった。足元には、歴史を感じさせる皮製の旅行カバンが置かれている。
2年ぶりの再会だった。その間の変化を読み取ろうとするように、俺たちはしばらく見つめ合った。
「だいぶ待っていたのかい?」
「いや、そんなでもない」
「事前に、電話をくれればいいのに」
「ああ――」
昔どおりの短いやりとり。俺はドアの鍵を開けると、親父を家に入れた。
親父からコートと旅行かばんを受け取って、しばらく使っていなかった客間に持っていった。それからコーヒーを入れてやった。
俺たちはダイニングテーブルを挟んで、しばし無言でコーヒーを飲んだ。
毛糸の粗織りセーターとジーンズ――親父は、いつもながらの服装をしていた。
「落ち着いたのか?」
親父がぼそっと言った。佳代のことを言っているのだ。
俺は「ああ」とだけ答えた。
「佳代さんのことは残念だ――来るのが遅れて悪かった」
「――」
俺はなんとも言いようがなかった。悪いのはこちらのほうだ。親父に連絡したのは、佳代の葬式のあとだった。
親父は、俺の返事を待たずに言った。
「啓介は大丈夫か?」
「ああ――思っていた以上に芯が強い」
親父は小さくうなずいた。健康的に日焼けしていたが、髪はすっかり白くなっていた。
小じわの寄った細い目が、2年前の目つきで俺を見ていた。
張りを失った瞼に、老いが滲んでいた。そんな親父に哀切を覚えた。長年連れ添ったお袋が死んだあと、田舎で一人暮らしをつづける親父。俺は自分のことでいっぱいだった。だから、そんなことにも気づかなかったのだ。
俺は思わず言った。
「父さん――謝るよ」
「なんのことだ」
親父は驚いたように、俺を見た。
「母さんが死んだとき。悪いことが重なって――俺は、父さんにひどいことを言った」
親父が、なんだと言うように微笑んだ。遠い昔、俺とキャッチボールをやっていたころの笑顔――。親父は鼻をこすり、気恥ずかしそうに言った。
「いいんだ」
親父が落ち着いたあと、タクシーを呼んで、佳代の墓参りをした。
墓地は、海を遠望する小高い丘にあった。真新しい墓を見ていると、虚しい喪失感がこみあげてきた。
と同時に、ひざまずいて両手を合わせる親父の後姿に、老いを感じた。
その夜は、久しぶりに、心の安らぎを覚えるひとときだった。普段あまり顔を合わせることのなかった啓介は、お祖父ちゃんの前で少しぎこちなかった。
しかしそれも最初のうちだった。俺の現役時代や啓介の幼いころのアルバムを棚から取り出すと、どこにでもいる微笑ましい祖父と孫の姿に戻っていた。
口数は少ないが、おだやかな時間が経過した。
ふと時が遡ったように錯覚した。
俺が野球で活躍していたころ。佳代と啓介の明るい笑い声が聞こえていたころ。家族三人で里帰りしたとき、うれしそうに俺たちを出迎える、親父とおふくろの笑顔。
――しかし佳代やおふくろは、もうこの世にいない。
その思いが、俺を現実に引き戻した。
翌日、親父を駅まで送ったあと、佳代に関係するものを本格的に調べだした。
俺は、佳代が殺されたかも知れないという池上の話を、ほとんど確信していた。しかも、その容疑者のひとりとして、俺も警察に疑われているのだ。
まず金庫の中から始めた。
預金通帳、保険書類、有価証券──大半が書類で、現金はなかった。有価証券は、二人が名義だけの取締役をやっている、佳代の父親が経営している会社の株券だった。
預金通帳のなかには、息子の啓介の名義もあった。そんな口座をいつ作ったのか、俺は知らなかった。
佳代の宝石箱には、思い出の品物が詰まっていた。誕生日の祝いに、彼女に初めてプレゼントした外国金貨のペンダント。ダイヤモンドの婚約指輪。啓介を出産したときの真珠のネックレス。俺はいつしか、それらを佳代に渡すときの情景を、ひとつひとつ思い出していた。
結局、金庫の中にも、クローゼットやタンスの中にも、12億円に関係するようなものは見つからなかった。
寝室を出て、廊下を歩いているときのことだった。階段の踊り場に架けられていた絵が、いつもと替わっているのに気づいた。ずっと昔、新居祝いにもらった絵を架けていたが、それがいつのまにか、別のものに替えられているのだ。これまで、なんで気づかなかったのだろうか?
その絵を取り外してみた。裏蓋を外すと、メモと一枚の写真がでてきた。
メモには佳代の筆跡で、文字が書かれていた。『栗田』『梶山』『女性』という三つの文字が、三角形に配置され、それぞれが矢印で結ばれている。その下には、『詐欺?脅迫?』のふた文字が書かれている。
写真には、栗田と見知らぬ女が写っていた。二人は肩を並べて、ちょうどビルのガラスドアから出てくるところだった。
背景の看板からすると、浜銀行の建物の前
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