(2)

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目を覚ますと、まず襲ってきたのは、締めつけるような頭痛だった。
思わずうめき声をあげて、顔をしかめた。口の中が苦っぽい。左手首に付けっぱなしの腕時計を見ると、すでに10時を過ぎている。
頭痛をこらえて、ベッドから抜け出た。火照った肌に、晩秋の冷気が心地よかった。
洗面所に行って、鏡をのぞき込んだ。青白い顔に髭が伸びて、目が血走っている。
(まるで凶悪犯の顔つきだな)
水でごしごしと顔を洗って、うがいをした。面倒なので髭は剃らなかった。寝室に戻って、下着をつけずに綿のシャツとジーパンを身につけた。
1階に降りると、女房と息子の姿はなかった。
(また、お出かけってやつか)
俺は舌打ちした。案の定、食卓の上に書き置きがあった。
『啓介のピアノコンサートがあるので出かけます。帰りは4時ごろになります。佳代』
その横に、息子のなぐり書きがあった。
『酒を飲みすぎるな!啓介』
(ぬかせ!)
書き置きをクシャクシャに丸めると、屑かごに向かってほうり投げた。紙くずは縁に当たって、床に転げた。以前なら百発百中だったのに――。
少年野球チームに入っていた啓介が、野球をやめてピアノだけに絞ったのは、俺が事故に遭ってからだ。そのことに、俺が文句を言える筋合いはない。

食欲はなかった。
結局、ガラスポットに入ったコーヒーを、ガスコンロで暖め直すだけにした。
コーヒーカップを片手に、居間のソファーにもたれかかって、ぼんやりと過ごした。煙草に火をつけ、そこで灰皿がないのに気づいた。
俺は毒づいた。また、啓介が隠したのだ。
コーヒーを飲み干して、カップを灰皿代りにした。
窓の外を見ると、色づいた柿の木の葉が残りわずか、枝にしがみついている。
1メートルほど下がった燐家の庭では、隣人の栗田が庭掃除をしていた。銀行勤めで、甘ったるい顔と大柄な体格をした50男だ。バツイチの男やもめで、俺たち家族がこの家に引っ越してきて以来、親しく近所付き合いをやっている。
栗田は几帳面な性格らしく、庭箒を使って、ゴミのひとつも逃さないかのように、丁寧に作業をつづけている。
(手のかかる一戸建てに一人で住んで、面倒くさくないのか?俺だったら街中のマンションに移るな)
見ていると、栗田がひょいと顔を上げ、俺の姿に気づいた。そのとき奇妙なことに、彼はちょっと怯えた表情をした。それから気弱げに微笑んで頭をさげた。
俺は小さくうなずいて、挨拶を返した。

午前中は、新聞を見たり、テレビを見たりして過ごした。昼になると、さすがに腹が減ってきて、冷蔵庫にあるハムと卵を使って、簡単な料理を作った。
そのころには、二日酔いがようやく治まっていた。すこし心にゆとりが出来たので、2階に戻ると髭を剃った。
気分がすっきりした。ふと思い立って、山下公園に行ってみることにした。
部屋を出る前に何を着ようかと考えたが、結局いつも通り、古ぼけた革ジャンパーを着ていくことにした。
思い出の服だった。俺がプロ野球界にはいったとき、親父が買ってくれたものだ。頑固者でなんの取り柄もなかったが、野球だけはこよなく愛していた親父。その親父と喧嘩別れして一度も会っていない。――野球人生の終焉とおふくろの死。
自暴自棄になっていた俺は、ひどいことを言ったのだ。おふくろが死んだのは親父のせいだと――。
そのときの親父の悲しそうな顔。悔悟の念がこみあげてくる。

玄関ドアに鍵をかけて、通りのほうに振り返った途端、会いたくない人物の姿を目にした。太田がニヤニヤ笑いを浮かべて、通りからこちらを見ていた。どんよりと突っ立つその姿は、まるでタヌキの置物だ。
老人は俺の主治医だったが、昨年、医院を息子に引き継いで、今は引退して悠々自適の身分だ。
「よう、4番バッター。足は治ったのか?」
太田が声をかけて、門から中に入ってきた。いつも俺の顔を見ると、彼の第一声は決まっていた。
俺はとぼけることにした。
「なんのことだ?俺はこの通り、五体満足だぞ」
「それはわしが決める。お前は患者、わしは医者だ」
「ケッ、やぶ医者のくせに、よく言うぜ」
「そんなことを言ってると、罰が当たるぞ。さあ、見せてみろ」
太田は太った体を窮屈そうにかがめて、俺の右膝を掴んだ。
「痛むか?」
「全然──」
「膝を曲げてみろ」
俺は老人に言われるままに、膝を屈伸した。
太田は、よっこらしょ、と声に出して立ち上がった。
「よし。ちょっと歩いてみろ」
俺は意識して、普通に歩こうとした。それでも、右足をひきずってしまう。
「まだまだだな。病院には行ってるのか?」
太田が、俺の歩く様子を見ながら言った。
俺は振り返ると、老人をにらんだ。
「先生、俺はこれで満足しているんだ。それに病院に行ったって、これ以上は治らんぜ」
「それが素人の浅はかさだ。お前が真面目に病院に通って
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