第十話 諸行無常
大輔と老人は、函館山の展望台にあるベンチに腰掛けて、暮れゆく海を眺めていた。
観光客はまばらに残っていたが、気温はぐんぐん下がってきて、厚いセーターを着ていても肌寒かった。
「爺ちゃん、そろそろ戻ろうよ。寒くなってきた」
大輔は老人をうながした。
老人は「もうちょっと居たい」とひとこと言って、遠くを見続けた。
津軽海峡から函館湾につながる海が一望できた。陸地に接する湾曲部分には、薄闇に包まれた函館港が灯りを点し始めていた。
老人が海を見ながら、しんみりとした口調で言った。
「ぼくは幸せ者だ。死ぬ前に、もう一度、函館の海を見ることができた。それに、きみと巡り合うこともできた――」
しばしの沈黙。そして、ぽつりと言った。
「――ありがとう」
老人の体が微かに震えている。
大輔は老人を抱き寄せると、脚を開いて股座にすっぽりと入れ、背後から抱いてやった。老人は信頼しきった様子で、後頭部を大輔の胸にもたせかけた。
「それにしても、爺ちゃんの姉さんが元気で良かったね」
大輔の問いかけに、老人は沈黙したままだった。
昨日の昼間、老人の姉の家に行って、八十三歳と八十一歳になる老いた姉弟の、感動の再会を果たしたところだった。
(――爺ちゃんは、何を考えているのだろう?)
大輔は、両腕に抱いた小さな体の温もりを感じながら、老人の過去を想った。
ボンボン育ちだけに、きっと、何度も人に騙されたりしたのだろう。
不意に、老人に対していいようのない哀切を覚えた。彼は背後から老人の体をぎゅっと抱きしめて、耳元でささやいた。
「爺ちゃん、長生きしてくれ。ずっとおれが面倒みてやるからな」
老人の頭に頬擦りした。老人が愛おしくてたまらなかった。
「爺ちゃん――」
そこで、老人の異変に気づいた。
大輔が老人の顔を覗き込んだ時、すでにその息は絶えていた。
――穏やかな死に顔だった。
夕闇がふたりをおし包み、眼下では函館湾に沿った灯りが瞬いていた。
大輔は老人の体を抱きしめたまま、子供をあやすように、いつまでも体を揺らし続けていた。
――◇――
昌平はキャンピングカーに同乗して、仙台の手前まで来ていた。
途中、那須と猪苗代湖でそれぞれ一泊したので、男たちとの旅も三日目に入っていた。
男たちは男色者ではなかったが、いったん、昌平の柔らかい体によって肉欲の火を灯されて以来、すっかり肛交に魅了されたようだ。
体育会系の彼らは、五十歳になってもまだまだ旺盛な性欲を持っていた。ふたりは替わり番に、運転席から後部席に移動して、昌平と男色行為にふけった。
それでも男たちは、昌平の身を案じた。
「爺ちゃん、東京に戻ったほうがいいよ。帰りの電車賃はおれたちが出してやる」
と繰り返し言った。
確かに冷静になって考えて見ると、函館に行っても、大輔と連絡の取りようがなかった。それに、財布には二千円しか残っていない。
結局昌平は、男たちの提案に従うことにした。
自動車道を下りて仙台の街に入ったとき、男たちはキャンピングカーではなく、ビジネスホテルで一泊することにした。車の生活に慣れていない、昌平の体を気遣ってのことだ。
三人は仙台の夜の街で、名物の牛たん料理に舌鼓を打った。
そのあと、ホテルの部屋に戻って、お別れの行為を始めた。
男たちはこれまで、別々に昌平を抱いていたが、ホテルの部屋では恥じらいをかなぐり捨てて、二人がかりで昌平を可愛がった。
大輔に愛される充実感には程遠かったが、昌平は進んで快楽を受け入れようとした。それが男たちの親切に応える、せめてもの恩返しだった。彼は悩ましげに肢体をくねらせ、可愛らしい善がり声をあげて、男たちの欲望を高めてやった。
男色に目覚めた男たちは、昌平の小さな体を熱愛した。健康的な逞しさを持った性器が、やわらかい直腸を勢いよく行き来する。
すっかり終わって三人が寝入ったのは、深夜二時を過ぎていた。
翌朝、仙台駅に着くと、男たちは東京駅までの新幹線の切符と弁当を買って、昌平に渡した。昌平は彼らの親切が嬉しかった。
別れるとき、男たちは人の良い笑みを浮かべて、「爺ちゃんのあそこはすごく良かったよ。元気でね」と小声で言った。
昌平は東京に戻った。
偶然出会った男たちと旅に出て、つかの間の快楽に浸っているうちは良かった。
しかし、家に近づくにつれ、大輔のいない虚しさが再び襲ってきた。
昌平は無気力に、玄関ドアを開けた。
途端、上がり框のところにある、大きな靴が目に入った。
(――ダイちゃん!)
昌平の心は、一気に舞い上がった。
彼は靴を脱ぐのももどかしく、奥の部屋に駆け込んだ。
大輔は縁側にひっそりと座って、庭先を見ていた。
モミジが、赤く色づき始めていた。二人がこの家に住み始めたころ、植えた木だった。
昌平は近寄り、大輔の横にそっと腰
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