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会社の帰りにグランパラダイスに寄ると、稚加良強が先に来て待っていた。彼は篤志の顔を見ると、ぶすっとして言った。
「おれは、お前に使われているわけじゃないんだぞ」
「それは悪かった。今日の勘定はおれが持つよ」
「当然だ。――タバコ屋のほうは、お前の予想通りだった。やはり雄士が陰で糸を引いていた。ま、詳しいところは芳桂が聞きだすだろう」
「ああ、爺殺しのお手並み拝見ってところだ」
「それから――今月いっぱいで、おれは今の会社をやめるぞ」
強は宣告するように言った。「そろそろくたびれてきた。それに天下りは、肩身が狭いんでね」
「そうか。じゃあ11月からは、ボケ防止に、おれの仕事を専門的に手伝わせてやる」
「バカ言え!おれの給料は高いんだぞ」

今日は珍しく、独是長老の姿が見えなかった。マスターの洋児が、老人の娘婿から聞いた情報では、体調が悪いという。
「ほう、煮ても焼いても食えない爺さんでも、体調が悪くなることもあるんだな」
長老からいつも憎まれ口を叩かれている強が、嬉しそうに言った。
芳桂もタバコ屋で寝泊まりして、店に来ていない。いつも口数の多い二人がいなくて、店内は静かだった。
代わって珍しく、鬼律忠司と僕野無有民がやって来た。二人を見ると、「ぼくたち幸せです」といかにも言っているような顔つきだ。
彼らは店の連中に、暖かい笑顔で迎えられた。これに長老が居ようものなら、「ふたりしてくたびれた顔をしているな。毎晩やりまくっているんだろう。すこしは歳を考えろ」などと毒舌を吐かれているところだ。
「ターさん、店に来るのは久しぶりだな」
篤志は旧友に声をかけて、僕野にも笑顔を向けた。「ムーちゃん、お久しぶり」
「ああ、これからは、ちょくちょく来るよ」
「会長には、大変お世話になりました。おかげさまですっかり落ち着きました」
二人はそれぞれ挨拶して、止まり木に尻を落ち着けた。忠司の教え子の太が、前のカウンターにお絞りと空のコップを出した。
「先生、ビールにしますか」
「ああ、頼む――」
忠司はバツの悪そうな顔で言った。彼は阿礼太が男の世界に入ったことを、まだ知らなかった。

――◇――

次の土日は完全休養日にして、篤志は使用人の古々呂忠を伴って、水戸まで出かけた。
彼はときどき忠を連れて、小旅行に出かけていたが、日間梨の相談役になってからは、とんと御無沙汰していた。
上野からスーパーひたちに乗って水戸まで行き、駅からタクシーを使って偕楽園に行った。モミジやカエデが色づいて、秋色深まる庭園内をのんびりと散策した。
夕方になると、予約していたホテルに行って、チェックインした。フロントで、夜の9時にマッサージ師を頼んだ。
忠は自分が旦那さまのマッサージをしてさしあげますと言ったが、お前も疲れているだろうからとプロを頼んだのだ。そのとき、年寄りの体は年寄りが一番よく知っている、と言って年配男性のマッサージ師を希望した。
晩飯は、市内で有名な料理屋で、あんこう鍋を食べた。ちょうど旬の走りで、滋味豊かなあんこうは、まったりとして舌に蕩けるようだった。
忠は温顔をほころばせて、二人きりの旅行を素直に楽しんでいた。そんな使用人を、篤志は目を細めて見ていた。
歳を取っても篤志はときに熱くなるのだが、忠には激越なところが全く無い。すべて自分の中に受け入れて、柔らかく自然なものにして、外に滲み出しているようだ。
まさに忠は、癒し系の老人だった。

翌日は笠間のほうに足を伸ばして、笠間稲荷の菊祭りを見物した。園芸に興味を持つ忠は、目を輝かせて庭園をうろついた。
昼飯は軽くソバを食べて、そのあとタクシーをつかまえて、『春風萬里荘』に行った。ここは北大路魯山人の北鎌倉にあった住居を移設したもので、館内には、魯山人の陶芸品等の名品が展示されている。こんどは陶芸に興味を持つ篤志が、目を輝かせた。
陶芸館を出ると水戸に戻って、スーパーひたちで早めに帰った。

――◇――

月曜日はすっきりした気分で、会社に出勤した。
取り立ててやることもなかったので、真締の時間が空いたとき部屋に呼んで、篤志の口述する内容をワープロでまとめさせた。
タバコ屋の土地取引から、M&Aの損害に至るまで、時系列的に出来事を追って、憶測も交えて仕上げた。
真締は慣れた手つきでパソコン入力していたが、ときおり、驚いたような表情で篤志の顔を見た。彼の予想外の内容も含まれていたからだ。
途中で、槍田井芳桂から電話があった。そろそろ篤志に登場してくれ、と言うのだ。
「私はどういう立場で行けばいいのだ」
「じっちゃん、土地を売りたい一心や。でぇ、わしはゆうたんや。そないなことなら、日間梨産業にわしの知ってる人間がおる。その人間やったら、なんとかしてくれるやろってな」
「分かった。いつ行けばいい?」

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