……(3)

(3)

日間梨梵と別れたあと、タクシーに乗って湯島駅の近くで降りた。雲が重そうだったので少し迷ったが、グランパラダイスに寄ってみることにした。
歩く途中で、雨がぱらつきだした。自宅に戻ればよかったと後悔しながらも、店の中に駆け込んだ。
客は少なかった。槍田井芳桂ともうひとりの年配の男性だけ。
ふたりが離れた席にいるところをみると、芳桂の好みに合わなかったようだ。
カウンターの中では、洋児と阿礼太が暇そうにしていた。太は身辺整理を済ませたあと、2階の洋児の部屋に住みついていた。
いつだったか、洋児が篤志のところにやってきて、太を店で働かせたいと言ったのだ。
「どちらの希望だ?お前か?それとも彼本人なのか」
「うちとフーちゃん、ふたりの希望たい」
篤志は洋児の顔をまじまじと見た。それから、一部上場企業の相談役としては、はなはだ不謹慎なことを訊いた。
「お前たち――できたのか?」
「せからしかあ。だいたい会長しゃんは――」
洋児の言葉を遮って、篤志は念を押した。
「やってないのか?」
「それは――やったよ」
「やはりな。どうも、そんな予感はしていたんだ。――でも彼は、見るからにノンケのようだが」
「初めてやったよ。うちが教えてあげたと」
「鬼律は知っているのか?」
「ああ、先生のことね。フーちゃんに会いに来よったけん、気もそぞろで上の空。どうやら先生、自分のことでいっぱいやったとよ」
「どういうことだ」
「知らんけん。先生、新しい恋人でも出来たんやない?」

篤志はウイスキーの水割りシングルを飲みながら、体が火照るのを感じた。どうやら日間梨に御馳走して貰った、スッポン料理が利いてきたようだ。
(こんな年寄でも効果があるのか?)
篤志は複雑な思いだった。以前ならこんなときは洋児の部屋に泊まるのだが、今の洋児には若い相方がいる。
そのとき、芳桂が近づいてきた。
「なあ、会長はん。わしをこの店でぇ雇ってもらえへんか」
「女房を働かせてヒモの生活をしているお前が、働く必要があるのか?どうせ不純な動機だろう。じいさんどもが目当てだな」
「そら否定せんけど、わしがおれば、こないな閑古鳥が鳴くような日は無くなるで」
篤志は、カウンターの奥にいる太をチラリと見た。
「それは無理だ。もう若いのがいる」
「何人おったってええやん。多いほうが賑やかになるわ。なあ、給料はいらんわ。わしのボランティア活動や」
「だったら、これまでもやってもらっているじゃないか。それに第一、お前には、この店の従業員になる資格が無い」
「なんでや?」
「この店で働くには、条件があるのだ」
篤志は、指折り数えながら言った。「まず体と顔が良いこと。性格が素直なこと。それから、アレがデカいってことだ」
それを聞いて、芳桂がにんまりした。
「なんや、ほな、わし、ぜえ〜んぶ、条件を満たしとるやがな」
篤志はフッとため息を吐いた。
「お前はかわいい奴だ」
彼は立ち上がると、やおら芳桂の体を抱きしめて、キスをした。ついでに、手を下に伸ばして、股間をモミモミしてやった。
「どうだ、こんなところで」
「ああ〜気持ち良かった。そやけど、なんか、心がこもってへん」
「それはお前の気のせいだろう」

客が帰って、店内は篤志と従業員だけになっていた。外はまだ雨が降り続いている。鹿児島に近づいている台風の影響だろうか。
懐かしいグレンミラーの曲が流れていた。ムーンライト・セレナーデ。とてもそんなロマンチックな気分にはなれなかったが、なんとなく人肌が恋しくなるような曲だ。
腕時計を見ると、10時になろうとしている。
(そろそろ帰るか)
止まり木から尻を浮かしたとき、ドアの開く音がした。
安曽古好が、頭からずぶ濡れになって立っていた。
驚いた篤志は声をかけた。
「おい、ヨッちゃん、どうしたんだ!ずぶ濡れじゃないか」
とたん、好の顔が泣き出しそうに歪んだ。
ふいに小柄な体が走って、篤志にしがみついてきた。

――◇――

飼い犬のボボが、エサを食べなくなった。そして昨日の朝、ボボは冷たくなっていた。
夏バテだと思って、獣医に連れて行かなかったのが悔やまれる。老衰による死と分かっても、なにも手立てを講じなかった自分が許せない。
産まれてまもないボボを知人から譲り受けて、9年間、一緒に生活してきた。雑種犬だが、どんな血統書付きの犬よりも可愛らしかった。そして、人間以上の良き伴侶だった。――これまでどれほどボボに癒されたことか。
今朝、狭い庭の片隅に、ボボの墓を立てた。それでもなお、やり切れないものを感じていた。もう家で、声をかける相手はいなくなった。何もする気がしなくて、薄暗い部屋で半日過ごした。
夜になって、雨が降り出した。ますます気分が滅入ってきた。
好は家を出ると、傘も差さず、夜の裏通りをさまよった。
雨に
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