第4章 謎のいい男(1)

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下葉組の件で、篤志が稚加良強に相談して1週間ほどが経ったころ、強から連絡があって、浅草まで同行することになった。
昼間は観光客で賑わっている浅草寺界隈の通りも、夕暮れ時になって、すこし落ち着きを取り戻していた。大通りから一歩中に入ると、常連客だけの秘密めいた店が明かりを灯し始めている。
ふたりはその中のひとつ、小ぢんまりとした料亭に入った。
店の奥で待っていたのは屋久佐平次――型枠会社の社長だ。強は屋久に調査を依頼し、その屋久は男華内組ルートを使って、下葉組の関係者に直接会っていた。
人払いした部屋で、3人は酒を酌み交わしながら話をした。
「屋久社長自ら調べていただいたとは、恐縮の至りだな」
篤志が言うと、佐平次は手を振った。
「いやいや、ほかならぬあなたの頼み事だ。何を差し置いても、私が動くのが筋だ。それに、こういった話は、誰にも任せたくないんでね」
佐平次は落ち着いた声音で言った。
3人は同じ年齢だが、佐平次が一番年長に見えた。顔の皺が多く、髪もすっかり白くなっている。
しかし、目に力があった。幾多の修羅場をくぐり抜けてきた、ものごとに動じない強い光がある。がっちりした筋肉質の体にも、まだまだ壮年の覇気が感じられた。

佐平次は前置き抜きに、本題に入った。
「写真のふたりは、間違いなく下葉組の組員だった。組長が言うに、ある男に百万円で頼まれたそうだ。しばらく日間梨産業の社長邸のまわりをうろついてくれ。相手が不安がるだけでいい。危害を加えることだけは絶対に避けろ、という条件で」
「ふうん、無言のプレッシャーってわけか。かなり法律に詳しい奴だな。警察に捕まっても、言い逃れはなんとでもできる」
強が考え込んで言った。その横で、篤志は質問した。
「それで、頼んだ男とは、どんな人物なのだ」
「それが――組長も、男の素性はあまり知らないようだ」
佐平次は戸惑った表情を浮かべていた。「その男について、組長は話したくないようだったが、追及するとぽつぽつと話しだした」
彼は説明しづらそうに言った。
「――どうやら、組長は男好きのようだ。頼んだ男の名前は、尾知利好蔵。オカマバーで知り合って、これまで何度かこの男のために、汚れ仕事をやってきたようだ」
「なのに素性は分かっていないのか?」と強が訊いた。
「ああ、どうやらこの尾知利という男は、意図的に自分の素性を隠しているようだ。連絡するのはいつも男からで、しかも公衆電話を使うといった徹底ぶりだ。――でも、見た感じは話してくれた」
佐平次は考えながら、話をつづけた。
「なんでも、映画俳優かテレビタレントのようにいい男だそうだ。中背だが、スラリとして、いつも仕立てのいい高級服を着ている。だいぶ若作りしているが、歳は50前後じゃないか、と言っていた」
テレビタレントのようにいい男と聞いて、篤志はふと、ビル事業部の社員がタバコ屋で見かけたという男を思い出した。ひょっとして同じ人物だろうか。
篤志はその話をふたりにした。
ふたりは考え込んだ。
「ああ、その可能性はあるな。タバコ屋の土地が高く売れなかったので、腹いせにやったとかね――」
強が言いながら佐平次を見た。「その男の写真はあるのか?」
佐平次は首を振った。
「写真はない。組長の話では、写真を撮られることを極端に嫌がる男のようだ。一度、店で皆といるところを撮られたとき、怒ってすぐ消去させたそうだ」
「よほど用心深い男だな」と強。
「ああ、それだけ悪いことをやっているって証だな」
佐平次はうなずいて、最後にきっぱりと言った。「それはともかく、組長には、はっきりと伝えておいた。今後一切、日間梨産業のことに関わるな。これは男華内組の会長の言葉だ、と思ってくれと」

浅草の料亭を出たあと、家が同じ方面なので、篤志と強はタクシーを拾った。
車の中で、強が言った。
「男の件は、鉄男のほうで調べてもらおう。まあ、名前のほうは本名じゃないだろう」
「ああ、その男の素性が分かれば、背後関係も明らかになるかもしれん。でも、写真がなくてどこまで調べられるかだ」
篤志の言葉に、強はにんまりとした。
「ああ見えて、鉄男は頭が切れる。それに、警察の情報力は馬鹿にならんぞ。あ、それから――」
強は言いにくそうに言った。「先におれの家に寄ってくれ。今夜はお前が一緒だったということを、女房に見せておきたい。お前は信用されているからな」
浮気性だが、いかにも恐妻家らしい言葉だった。

強を自宅まで送ったあと、篤志はグランパラダイスに立ち寄った。
店の前に行くと、男が窓の外に立っていた。入ろうか入るまいか迷っている、そんな風情に見えた。
店のドアを開けるとき、ちらっと男の横顔が見えた。なんとなく見覚えがある顔だったが、名前は思い出せない。男はかなり大柄で、立派な体格をしている。
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