(5)
独是老人が店に姿を見せ、ほとんど同時に槍田井芳桂がやってきた。また嫌味を言われると思ったのか、芳桂は長老を避けて、奥の席に行った。
長老は目ざとく、阿礼太の姿を見つけた。
「お、若いのを雇ったか」
「違うよ、今晩だけ。一宿一飯の礼で手伝っているの」
篤志が説明すると、老人は一応、ふーん、とうなずいて、いつもの講釈を垂れる。
「肉がたっぷりと詰まって、うまそうじゃないか。尻の形がいい。それに、アレもでかそうだ」
まったく抜け目のない老人である。見るべきところは、ちゃんと見ている。
カウンターの奥のほうでは、芳桂が二人の老人を相手に盛り上がっている。
「ちゃう。サッちゃんやのうて、サトちゃん」
「どうして?」
「じいちゃんは、砂糖菓子のようにまったりした顔してるから」
「ねえ、ホウちゃん。俺にもニックネーム付けてくれよ」
「かんにん。ネタ切れや」
そのあと小声で、「――尻軽ジジイ」
「おい、聞こえたぞ」
「ごめん!わちきって悪い子ちゃん」
相変わらずの軽薄な会話だ。でも芳桂のおかげで、店の客が増えているのは否定できない。彼がこの店に来るようになって3ヶ月ほどだが、すぐ老人たちの人気者になっていた。なにしろ老人たちにとって、タチは貴重な存在なのだ。
その芳桂がオッと言う顔をして、新しく入ってきた客を見た。客はカラオケ好きの安曽古好だ。さっそく芳桂は、老人を抱きかかえるようにして、奥の席に誘導した。
篤志は、芳桂が好に馴れ馴れしく話しかける姿を見て、あまりいい気分ではなかった。
ヨッちゃんは唄うために店に来ているだけで、ほかの客のように男が目当てではない。まったくのノンケなのだ。
しかしこの72歳の老人は、男好きの目には、たまらないほど魅力的なお爺ちゃんだ。小柄だがふくよかな肉体、仏様のように穏やかな顔、そして愛らしい声をしていた。
そんな好だから、篤志はかねがね思っていた――悪い虫がつかねばよいが、と。
その純情な老人にちょっかいを出す芳桂の姿を見ていると、百叩きの刑にかけても、かけたらない気分だった。
「あいつめ、一発かます気だな」
芳桂のほうを見て、長老が言った。
「ご隠居、そんな下品なこと言わないの」
「ふん、思ったことを言っただけだ。けどあの爺さん、可愛らしい声してるじゃないか。さぞかしあの時も、可愛らしい声で泣くんだろうな」
「ご隠居!はしたないこと言わないの!」
今夜は早く家に帰ろうと思ったが、ずるずると店に居残っていた。客はあらかた入れ替わって、芳桂と好だけが残っている。
篤志は好のことが気がかりだった。浮気者の芳桂がいるかぎり、気が抜けなかった。
好はいまステージに立って、自慢の喉を披露している。唄は『無法松の一生』。勇壮な唄だが、好が歌うと素敵な民謡調になる。
のどかで、どことなく哀愁を帯びて、そして思わず抱きしめたくなるほどの可愛らしい声だ。
ふと時計を見ると、もうすぐ9時だった。好は遅くとも、9時には帰っていく。彼の私生活は知らないが、おそらく老いた女房でも家で待っているのだろう。
案の定、好は唄い終ると、そろそろ帰ると言って、トイレに行った。その後について、芳桂がトイレに向かった。篤志は心配したが、小便器はふたつしか無いので、さすがに後を追うのはやめた。
好がトイレから戻ってきたとき、その顔は上気したように赤かった。その後ろには、にやけた顔つきの芳桂がいる。
好は勘定を払うと、そそくさと帰って行った。
「ヨッちゃんの様子がおかしかったが、お前、トイレで何か悪さでもしたのじゃないだろうな」
篤志は、芳桂をにらみながら言った。
芳桂はとぼけた。
「なあんもしてへんで。なんで?」
「トイレから出てきたとき、ヨッちゃん、赤い顔をしていたじゃないか。それにお前、トイレに行った割には、出てくるのが早かったぞ」
「そりゃあ、若さの差や。会長の小便は、チロチロやろ。なんぼ頑張ったって、わしのようにジャバジャバーとはいかへんで」
「だまれっ!いいか、ヨッちゃんだけは、手を出すなよ」
「なんで?ヨッちゃんを見た瞬間、ビビッてきよったんや」
「それは静電気のせいだ。――とにかくヨッちゃんだけは駄目だ。ノンケだからな」
「さよか。誰かて最初はノンケやで。せやけど歳を取ってくるって、アレが役立たなくなってくるやろ。つまり、この店にやってくる客は、活きのええソーセージを求めてきよるんや」
まったく口の減らない男である。
芳桂を見ていると、ふとカナダにいる知人を思い出した。その爺さんも同じだった。ああ言えばこう言うで――。
好が帰り、そのあと芳桂が帰ると、急に静かになった。
室内は、ビージー・アデールの奏でるジャズピアノ曲が流れていた。
客はカウンターにいる二人連れのみ。ともに白髪70代の老人たちで、物静かに語らいながら
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