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仲間篤志は日間梨産業の相談役を受けるにあたって、ひとつの条件を会社側に了承させていた。それは、常勤ではなく、月水金の3日出勤を原則にするということだった。
私的な用事も多いし、何より65歳になって、体力や根気に自信がなかったからだ。
初出勤から一日おいて、水曜日に会社に行くと、女子社員が茶封筒を持ってきた。監査室長の真締の提出したリポートだった。
几帳面な真締らしく、詳細な内容だった。しかも、月次ごとに分かり易く分類されている。
篤志はざっと書類に目を通していった。拾い読みしながら、気になるところはマークを入れていく。
一通り読み終わると、今の会社の状況がだいたい分かった。
日間梨産業はオフィスビルの賃貸を中心とする不動産業だが、ほかに商業施設やアミューズメント施設の運営など、幅広くやっている。
当然、この業界特有のトラブルも多いが、むしろ問題は社内にあるようだ。取締役会の決済手続きが遅く、それが経営上で悪い影響を与えている。それに、社員モラルも低下しているように感じられる。
その背景には、江利戸社長派と日間梨取締役派のふたつの勢力争いがあるようだ。
やはり御膳会長の言ったとおりだった。そして御膳がなぜ篤志に、その関係改善を託したかもわかる気がした。御膳にとって、日間梨家の人間は、おろそかに出来ない存在なのだろう。
(封建時代でもあるまいに)
篤志はフッと息を吐いた。彼の尊敬する御膳の弱点を見た思いがした。

ふと時計を見ると、昼近くになっていた。彼は監査室に電話した。
「真締くんか。昼飯はまだか?――じゃあ、こちらに来てくれ。今、きみのリポートを読んだところだ」
彼は電話を切ると、こんどは会社の近くの鰻屋に電話した。店の親父の元気良い声が聞こえてきた。
「日間梨産業の仲間だ。――ああ、出戻りだ。こんど相談役になった。親父も元気そうだな。忙しいときに済まんが、出前を頼めるか――ああ、鰻重をふたつだ」
鰻屋の親父はすでに店を息子に任せていたが、自分は電話番や注文聞き等の雑用をしている。篤志は前にこの店をよく利用していて、親父とも旧知の間柄だった。

真締が部屋に来て、篤志はしばらくリポートとは関係のない、雑談をした。実は、当面とりかかる案件はすでに決めていた。
「レポートはよく出来ている。ところで、監査室の仕事の範囲だが、きみは取締役会の議事録に目を通すことが出来るのかね?」
真締は考えながら、慎重に言った。
「私の仕事は、社員が対象ですから、本来は取締役会の議事録をチェックする立場にはありません。でも――」
真締は少し躊躇した。篤志が穏やかに笑いかけると、あとを続けた。「地味監査役は、監査業務の参考にもなることだから、と議事録を私にも回してくださいます」
それで十分だった。真締にも経営陣の動きはある程度分かっているはずだ。それに必要となれば、筆頭監査役の地味も役に立ちそうだ。
30分ほどして、鰻重が届いた。
さっそく昼飯を食べながらの打ち合わせとなった。時間を無駄にしない篤志は、以前もこういう会議をよくやった。
思わぬご馳走に、真締は感動したようだ。彼の気持ちがほぐれたところで、いよいよ本題にとりかかった。

「ところで、この社長宅脅迫事件だが――」
日間梨産業がビルを建てようとした敷地の一角に、20坪ほどのタバコ屋があった。そのタバコ屋を取り込めば地形も良くなるので、買収交渉した結果、坪単価500万円、総額1億円で交渉成立した。
ところが、役員会決済して契約手続きにはいる段になって、先方は倍額を要求してきた。
仕方なく売買条件を変えて、再度の取締役会にかけたが、こんどは議案が否決された。そこまでの投資メリットはない、との判断だった。
そんな時期、社長の私邸のまわりに不審人物がうろつきだした。とくに被害はなかったが、不気味に思って警察に相談しているが、たいした進展はない。
「警察は、この脅迫事件について、タバコ屋のほうも調べたのか」
「いえ、タバコ屋との取引と脅迫事件の因果関係は、不明です。ただ時期的な絡みで、そうじゃないかと憶測しているだけです」
「ふうん。ところで、条件変更後の取締役会で反対した役員は、江利戸社長だな」
「それに、御膳会長の名前もありました」
「ほう、会長も反対されたのか。で、賛成派は、ビル事業本部長の法螺常務だな」
「はい。議案を出された当事者ですから」
「それはそうだな」
篤志はおどけたように笑った。そして、何気なく訊いた。「日間梨取締役はどっちだった?」
一瞬、真締はうかがうように篤志の顔を見た。そして慎重に答えた。「日間梨取締役は賛成派のほうでした」
予想通りの返答だった。篤志は独り言のようにつぶやいた。
「タバコ屋の取引と社長邸の脅迫か。その両方が関係しているとすると、ちょっとおかしいな
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