……(4)

(4)

ちょうど独是親子と入れ替わりに、鬼律忠司がやってきた。昼間見た黒のスーツ姿のままで、グランパラダイスの客にしては、場違いの出で立ちに見える。
「お前はついてるぞ。今、席が空いたところだ」
篤志は、長老の腰かけていた席に、忠司を誘導した。それから自分は、カウンターの中に入った。
鬼律忠司は、眉毛がきりっとした、律儀そうな顔つきをしている。
(お前もいい男だな)
篤志は、先に来た稚加良強と目の前の鬼律忠司を、無意識に比較していた。ふたりとも高校時代の同級生だ。
篤志は、旧友のためにビールの栓を開けながら、話しかけた。
「今日の昼、電車の中でお前を見かけたぞ。根津から湯島に戻る途中だ」
「ああ――ちょっと日比谷に出かけた」
忠司は口を濁した。目元が疲れていたが、昼間見たときの思いつめた表情から、今は何か吹っ切れたようなものが感じられる。
そこで篤志は、カマをかけた。
「討ち入りは成功したようだな」
「なんだって?」
忠司がびっくりしたように、こちらを見た。それに答えず、篤志は話題を変えた。
「今日は、坊也と一緒じゃないんだな」
一瞬、コップを持つ手がピクリと動いた。忠司は静かに言った。
「あいつとは別れた。今日から――他人だ」
それでなんとなく分かった。今日は決別式でもやったのだろう。
篤志が黙っていると、忠司のほうから話し出した。

「今日、坊也と新しい相方に会った。20歳年下、おつむの弱いマッチョマンだ――」
なんでこんなことを打ち明けるのだと忠司は思ったが、アッちゃんの大人顔を見ていたら、自然に言葉が出てきた。
どうもアッちゃんには、心に溜ったものを表に吐き出させる、不思議な雰囲気がある。
この旧友を前にすると、隠し事がしづらいのだ。
それでも口に出していると、苦い思いが昇華されていくような気がした。
忠司は坊也たちと別れた後、電車を乗り継いで、当てもなく東京の街をさまよった。ふと気が付くと、駒込の六義園に来ていた。坊也と初デートした所だ。
ちょうど遅咲きのタマアジサイが開花していた。池をめぐる回遊式の日本庭園を歩きながら、頭の中をからっぽにしようとした。
平日なので年寄が多かった。中には年配の男連れの姿もあって、彼らを見ていると、坊也と過ごした日々がふと思い出された。

「――ま、いつまでウジウジしていても仕方ない。しょせん坊也とは、縁が薄かったってことだ」
最後にさばさばしたように言って、忠司は話を締めくくった。
篤志は友の顔をじっと見ていたが、小さく肩をすくめた。
「お前が納得したのなら、おれは何も言うことがない。でも、おれは好きだったな、あの世間擦れしていない坊也が――。体は大きいが、心は少年のように純粋だった」
忠司は、ふいに込み上げてくるものを覚えた。
すっかり吹っ切れたと思っていたのに、アッちゃんの言葉で、坊也の顔が浮かんできた。人を疑うことを知らない、子供のような坊也――。
友が涙ぐむのに気付いて、篤志はあわててビールを注ぎ足してやった。
「さあ、ぐっと飲めよ」

8時近くになって、食事目当てだった客があらかた帰った。後に残ったのは、もっぱらアルコールと会話を楽しむ客ばかりだ。
篤志は少し疲れを感じていたが、忠司に付き合って、ウイスキーの水割りを飲んでいた。心の中では、満席の時に姿を見せた安曽古好がもう一度、店に来るのを、なんとなく心待ちにしていた。カラオケを唄う好の声を聞きたかった。哀愁を帯びて、かわいらしい人柄がにじみ出た歌声は、何にも勝る癒し効果があった。

しかし、店に入ってきたのは、あまり歓迎したくない、凸凹コンビだった。大きい老人はムー、小さい男はイッちゃん、とお互いを呼び合っている。
大きい老人は、そのふんわりとしたムードが、フィンランドの作家が生みだしたムーミンを連想させて微笑ましいが、小さい男はいかにも向こう意気が強くて、これまでもトラブルの元になっていた。
鬼律忠司もふたりの姿を見て、眉をひそめた。昼間の電車内の出来事が思い出された。
(またここで、ひと悶着、起こすのじゃないだろうな)
大きい老人には好感が持てたが、もう一方の男は虫唾が走る。背は低いがずんぐりして、ゲジゲジ眉毛にドングリ眼は、いかにも悪玉の見本のような顔つきだ。てらてらと脂ぎって精力が強そうだが、いつも攻撃的な虚勢をはっている。

佐渡板志がグランパラダイスに寄るぞと言ったとき、僕野無有民は反対できなかった。
胸の内では、また店に迷惑をかけるようなことが起きなければいいが、と心配した。アルコールの入った板志は、気が大きくなって喧嘩っ早くなるのだ。
それでも店に入って、最初のうちは小康状態だった。
店に来る前に遊んだパチンコでは、珍しく勝っていた。そのうえ再就職先が決まって、板志は機嫌が良かった。配送関係の小さな会社
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