(3)
仲間篤志は、御膳会長のところから自宅に戻った後、普段着に着替えた。昼食をはさんでいくつかの雑事をこなし、夕方になると使用人の古々呂忠を伴って、グランパラダイスに出向いた。
忠を連れて行くのは、店の準備を手伝わせるためだ。普段は屋敷にいる老人にとって、良い気分転換になるだろう。
店に入ると、津間洋児が大量の食材を買い込んで、カウンターの上に積んでいた。洋児はそれを使って、忙しく料理を作っている。この店名物のおでんは、すでに大なべの中で、ふつふつと煮立っている。
「会長しゃん、とろかとよ」(会長さん、おそい)
洋児は文句を言ったが、忠の姿を認めて安心したようだ。もとより篤志では、たいした手助けにならないと思っていたのだろう。
さっそく忠が、店の掃除を始めた。木の床をモップ掛けし、止まり木を湿った雑巾で拭き、店の前の路地に水打ちをする。
その間、篤志は何か手伝おうとするのだが、こういったことには不調法で、何をやっていいのか思いつかない。いわば粗大ごみ同然で、ぼんやりと突っ立っているばかり。
それが邪魔なので、忠が主人をカウンターの隅っこの席に座らせた。洋児が気を利かせて、前のカウンターにお茶を出す。
結局のところ、篤志はお茶をすすりながら、忙しく働くふたりを見ているだけだった。
掃除がすむと、忠は入り口とカウンターの端に生花を配して、屋敷に引き上げていった。そのころには洋児の作業も終わり、出来上がった料理を入れた大鉢を、カウンターの棚に並べた。この店の客は、彼の家庭的な料理を楽しみに来る者も多かった。
いつもより1時間早く、5時から開店したのだが、すぐに客が来だした。今日がサービスデーと知っている客たちだ。
「よう、タヌキの置物かと思ったぞ」
いつもの毒舌を吐きながら、まずは独是剛士が店に入ってきた。
町の長老で、82歳になる。禿げ頭に大きなナスビ鼻の特徴ある顔つき、小柄だが超元気じいさんだ。口が悪く、相手に突っかかるような話し方をするが、根はまったく無く、むしろ心根は優しい。
「私はまた、上野の森の小ギツネが迷い込んできたかと思いましたよ」
毒舌のお返しをやって、篤志は自分の座っていた席を、長老のために空けてやった。
一番入り口に近い席、そこが老人の定席だった。
長老が何も言わないうちに、洋児が焼酎の湯割りを出した。
「大根と昆布でいいですね」
「ああ、スジも頼む」
独是は言って、手にした焼酎を舐めるようにひと口すすった。彼はいつも早めに店に来て、おでんをツマミに一杯の湯割り焼酎をゆっくりと飲む。家人が迎えに来ると、素直に引き上げていく。それが老人の生活パターンだった。
次にやってきたのは、珍しいことに稚加良強だ。会社帰りなのかスーツを着ている。篤志とは幼馴染で、若いころは一緒にさんざん悪さをした仲だ。
高校時代、篤志と同じラグビー部にいただけあって、がっちりした立派な体格をしている。しかも上背があるので、すらりとして見える。顔も面長のいい男だ。
「ツヨ、今日はどういう風の吹き回しだ」
カウンターの内側に入っていた篤志は、旧友に訊いた。
「ああ、女房が旅行に出たので、晩飯がないのだ」
言って強は、洋児に向かって注文した。「ヨーちゃん、おでんを適当に見繕って。あ、ヒジキもいいな。これから人と会うから、お酒はいいや」
洋児がいそいそとして、強のために料理を装いだした。その姿は、強に片思いしている様子が見え見えだ。
スーツ姿の友人を見ながら、篤志は複雑な思いだった。
(どうしてノンケなやつほど、いい男が多いのだろうな)
悪さをしていた若いころ、強に男の色も教えたが、彼の女好きは相変わらずだ。
それが原因で、これまで何度か女房から三行半を突きつけられて、篤志が仲裁に入ったことがある。
ほかの客が入ってきて、店が混んできた。
稚加良強は料理を食べ終えると、篤志に勘定をすませて、じゃあな、とひとこと言って出て行った。
その後ろ姿を見ながら、長老が言った。
「強のやつ、いい尻をしているじゃないか。今晩は女房がいないのをいいことに、女の股座に自慢のソーセージを突っ込みに行ったな」
「ご隠居さん、やっかみを言わないの。なんだったら今晩は2階に泊まって、ヨーちゃんでも抱くかい」
篤志がカウンターの中から、長老をからかった。
それに乗って、横から洋児が口をはさんだ。
「そう、うちはご隠居しゃんに、ぞっこん惚れ込んでるの。ねえ、おじいちゃん、今晩抱いてよ」
からかわれた長老は、面白くもなさそうに言った。
「バカ、使用済みなんか抱けるか。お前は篤志のお手付きだろうが」
まったく長老は、口の悪いことでは定評がある。町の銭湯に行った時でも、目の前の相手に対して、失礼千万なことを平気で言う。
「お前のチンチンちっこいけど、頬かぶりして愛嬌がある
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