(2)
「イッちゃん、待ってよ」
僕野無有民は、佐渡板志のあとを追った。新御茶ノ水駅を出たあとも、相方は肩を怒らせて、前のほうをズンズン先に行く。
そのあとを追いかけながら、無有民は後悔していた。
(あーあ、余計なことを言わなければ良かった)
そもそも出だしから、嫌な予感がしたのだ。無有民が代々木上原駅に着いたのは、待ち合わせ時刻ぎりぎりだった。アパートから駅まで自転車で来ていた板志は、すでに改札で待っていて、無有民を睨みつけた。
「ばかっ!遅いぞ」
ひとこと言って、板志はホームに向かった。
いつも遅れてくるのは板志のほうだが、今日は珍しく先に来ていた。こんなときは、散々嫌味を言われたり、ひどいときは待たずにどこかに行ってしまったりする。
無有民はそっとため息を吐いた。
(今日はまた、八つ当たりされそうだ)
電車に乗ると案の定、板志が思い出したように「くそっ!」と言った。
「イッちゃん、ごめん」
自分のことだと思って、無有民はもう一度謝った。
板志は怪訝な表情でこちらを見たが、ぶっきらぼうに言った。
「お前のことじゃない。自転車のデブだ」
「えっ、どういうこと?」
「駅に来るとき、デブの乗った自転車とぶつかりそうになったんだ」
板志は大げさにため息を吐いた。「今日はついてねえや。おまけにお前のせいで、予定は遅れるし」
(ええーっ、それはないよ。約束の時刻には、間に合ったじゃない)
そう思ったが、口にすると相手が癇癪を起すので黙っていた。
だいたい無有民が代々木上原まで来ること自体が、不合理だった。
今日は、板志が再就職することになった会社で入社手続きをすませたあと、一緒にパチンコにでも行こうということだった。その会社の最寄駅は、新御茶ノ水だった。
いっぽう無有民は、足立区の綾瀬にあるアパートに住んでいた。最寄りの綾瀬駅は、地下鉄とJRの共同使用駅という珍しいもので、どちらを利用するのも便利だった。
つまり、ふたりは千代田線の両サイドに住んでいて、目的地はその中間点にある。待ち合わせを新御茶ノ水駅にすれば簡単だ。
それを無有民は、綾瀬駅で地下鉄に乗り、新御茶ノ水駅を通り過ぎて代々木上原まで来たのだ。そしてまた御茶ノ水まで後戻りしなければならない。
時間にして小一時間のロスだ。
万事がこんな調子だった。いつも板志中心で動くのだ。
そして、そんなことにクレームをつけようものなら、板志は超不機嫌になる。不機嫌になるだけならまだしも、痛い目に合わされたりもする。強く叩かれて、鼻血を出したこともあった。
最初はそんなにひどくなかった。
フケ専のバーで初めて会ったとき、板志は紳士的な態度で近づいてきた。
無有民が65歳で板志が50歳のときだ。大柄な無有民と背の低い板志が並ぶと、大人と子供ほどの差があった。
しかしそれは見かけだけで、二人の関係はすぐに逆転した。
初対面の夜、ふたりはラブホテルに行った。どちらもすでに経験済みだったので、抵抗はなかった。
板志が裸になったとき、逸物の大きさに目を見張った。ちびのデカマラとは、よく言ったものである。ふてぶてしいほど肉厚で、重そうにぶら下がっている。濃い体毛で覆われた筋肉質の肉体は、浅黒い肌をして、童話に出てくる小鬼を連想させた。
ウケの蕾は無理やりこじ開けなくても、愛があれば、自然に開くもの――なんて聞いたことがある。
でも無有民にとって、そんなきれいごとではなかった。受け入れるのにウンウンうなって、大いなる苦しみを味わった。
でも、苦しみが大きければ、悦びも大きい――というのは本当だった。体の奥を突かれたとき、これまでとは違う快感を覚えた。太い肉杭の一突き一突きに、にじみ出るような快感が大きな流れになっていく。そして――不意にそれは襲ってきた。
誰かが叫んでいた。でもそれは、彼自身の声だった。彼は感極まった悲鳴をあげ続け、大きな体を打ち震わせた。
以来、無有民は、この15歳年下の男に惚れ込んだ。と言うより、男の所有物になったと言ったほうが当たっているかも知れない。
無有民は上背があって恰幅も良いが、そのくせ気が弱くて、人も良すぎた。対して板志は、何事も自己中心的で、向こう意気も強い。セックスにおいても、無有民が苛められることに喜びを覚え、板志は苛めることに無上の喜びを見出す。
必然的に、ふたりの立ち位置は決まっていた。SとM、いつも無有民のほうが従属的な立場にいた。それでも彼は幸せだった。板志に抱かれたときの快楽は、なにものにも代えがたかった。
そのうち板志が本性をあらわしてきた。わがままと横暴――。夜の行為も、より強い刺激を求めて、激しさを増した。身動きできないように縛られ、熱いろうそくの滴を垂らされ、鞭打たれた。尿道にカテーテルを差し込まれることもあった。
無有民の体に痣が増えた
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