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鬼律忠司は出かける前にシャワーを浴び、石鹸で体の隅々まで洗って身を清めた。
着ていく衣服も慎重に選んだ。白のカッターシャツに、お気に入りのピンクと濃紺のストライプのネクタイ。現役時代は特別な時にしか着なかった、オーダーメイドの黒のスーツ。ズボンは少々窮屈になっているが、見栄えとしては許容範囲だ。
彼は結婚して以来、荒川区町屋の一戸建てに住んでいるが、現在は独り身である。潔癖症の彼と何事にもルーズな女房では、末永く幸せというわけにはいかなかった。それに子供ができなかったことも、夫婦破綻の後押しをした。
忠司が高校教師を辞めた年、ふたりは別れた。いわゆる定年離婚である。
忠司本人は、女房と別れたことになんの未練もなかった。もともと男女のしがらみに、関心が薄かったからだ。
しかし、今回はそういうわけにいかない。なにしろ惚れた男との別れ話だ。簡単に、ハイそうですか、で済ますつもりはない。
だからと言って、ほかに何か解決策があるのかと問われれば、答えは出てこなかった。
家を出るときは、戦に出かける心境だった。
待ち合わせ場所の帝国ホテルは、町屋駅から千代田線に乗って日比谷駅で降りれば、歩いて行けるところにある。
彼は電車の中で、今日はどんな作戦でいこうか、とあれこれ思いをめぐらせた。この時、旧友の仲間篤志に姿を見られたのだが、彼は気付いていなかった。
大様坊也と知り合ったのは5年前、定年退職した年に行われた都立高校教師のОB会の席だった。たまたま同じテーブルで隣り合って、ともに元英語教師という共通の話題で気が合った。
そのうち、大様が妻に先立たれ、子供もいないので、独り住まいをしていると聞いて、同じような境遇がますますふたりの心を接近させた。
大様は、同じ年代にしては大柄な体格と、おっとり、のんびりとした性格をしていた。
彼は退職後、学習塾で英語の講師をやっていた。学者に浮世離れした人物は多いが、大様も世事に疎く人を疑うことを知らない性格の持ち主のようだ。
忠司はこの2歳年上のどことなく小林桂樹に似た男に、好意以上の感情を抱いた。それは自分でも理解できない、不思議な感情だった。
庇護してやりたい気持ち?それとも――。
次の週、ふたりは六義園で待ち合わせした。ОB会の席上で都立の庭園の話題が出て、お互い暇だから、ひとつずつ訪ねてみよう、ということになったのだ。
文化的香りのする日本庭園の中を、ふたりは言葉少なに散策した。それでもお互い、好きだという波長が感じ取れるのか、ときおり手が触れ合おうものなら、それこそ初心な少年のような恥じらいを見せた。
都立の庭園はぜんぶで9つある。いずれも名園と呼ばれる立派なものであるが、その半分ほどを見終わった頃、大様坊也は町屋にある忠司の自宅を訪問した。
そのとき初めて、ふたりは男の関係を結んだ。
それまで忠司は経験が無かった。しかし、インターネットによって、その方面の知識は豊富だった。そしてまた、その方面の行為をするときに必要な道具や備品も、通販によって買い揃えていた。
意外だったのは、初心と思われた坊也が、ほんの数度であったが、すでに肛門性交を経験していたことだ。坊也が高校教師を退職した年、長年文通していたアメリカの教師を訪ねて、ボストンに行った。そのとき、ホームステイした先の熟年教師に、男色行為を強要されたのだ。相手は性器が大きい白人だ、初体験は苦痛の連続だったと言う。
忠司と坊也は、行為に及ぶ前に、まず酒を飲んで恥じらう気持ちを拭い去ろうとした。
坊也は経験があるとは言え、男同士の愛の行為はうぶなふたりである。
あれやこれやと試行錯誤しつつ、ついには初結合に成功した。
勝気な性格から、忠司がタチをこなした。そして幸いなことに、坊也が初めて受け入れた外人に比べれば、忠司の逸物は小振りだった。それでも硬度、機能は、貫通するにじゅうぶんだった。
鬼律忠司61歳、大様坊也63歳のとき、老いらくの恋である。しかも、自分の気持ちに正直になっての男同士の愛である。
そのとき以来、ふたりは年配者らしく、抑制された愛情を育んでいった。そしてときおり、ベッドの上で燃え上がるような情熱に身を委ねた。
しかし、なにごとにも終わりがある。
大様坊也の様子がおかしいと気づいたのは、3ヶ月ほど前だった。どことなくよそよそしくなって、忠司の誘いを断るケースが増えてきた。
不審に思った忠司は、坊也を問い詰めた。
そして、思いがけない坊也の告白だった。20歳年下の男と付き合っている、というのだ。
忠司は煮え湯を飲まされた思いがした。これまで坊也と付き合っているとき、気の利かない彼に代わって、いつも忠司が経済的な面倒を見てきた。
でもそんなことは、坊也の無邪気な顔を見ていると、本気になって怒れなかった。
坊也の心変わりは
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