プロローグ

プロローグ

東京都文京区にある湯島には、江戸時代、陰間茶屋の栄えた地域がある。
寺院が多く、女色を禁じられた僧侶が多かったことが、発展の理由に挙げられる。文献によれば、本郷の湯島天神門前町には10軒の陰間茶屋があったとされている。
さてこの物語の舞台は、現代の湯島裏通り。周囲が発展し続けるなかで、この界隈は時代の遺物のように取り残されている。
幅4メートルほどの路地に面して、軒を接して立ち並ぶ古びた木造家屋群。昔は賑やかな時期もあったのであろうが、今は日常生活に必要最低限の利便施設が、年寄の歯抜けのように細々と営業をつづけている。
しかし、夜ともなると、薄汚れた窓にぽつりぽつりと明かりが灯り、こんなうら寂しい路地裏も少し賑やかさを取り戻す。

そんな路地の一角に、『グランパラダイス』というバーがある。蔦の絡まるレンガ壁に重厚な樫の木製ドア。古色蒼然としているが、昔はそれなりにハイカラだったのであろう。
ドアのひさしに真鍮製の英文字が貼りつけられているが、真ん中のPの字が逆さまになっている。意識して逆向きにしたのか、外れかけてそのままになっているのか。真偽は定かでないが、壁に掛けられた木札に『♂オンリー』とあるところからみると、思いのほか茶目っ気のある店のオーナーであることが窺える。
この店、グランパとパラダイスを合体させた名称が示すように、ここに来る客の大半は、孫のいる年代の男性たちである。業界用語でいうところのフケ専、オケ専なる男色家にとって、垂涎ものの客も多く集まる。
店内は、外観のイメージより奥行がある。黒光りする木製カウンターが部屋の半分を占め、床に固定された止まり木が10脚ほど並んでいる。奥の壁際にはカラオケ用の小さなステージがあるが、ほんの限られた人たちが使うだけで、普段はあまり使われていない。
入り口トイレのすぐ脇には、2階へ通じる狭い階段。そこを上がると、小さなホールに面して、2つの部屋とバストイレがある。部屋のひとつは、店の従業員が寝泊まりに使っている。もうひとつは、一応、控室の札がドアに貼られているが、セミダブルのベッドと簡易応接セットが設えられ、ときに馴染み客が、けしからぬ目的で使うこともある。

今は明け方、あたりはぼんやりとしたほの暗い明かりに包まれている。東の方角から陽が昇る時刻だが、遠く靄のかかった超高層ビルに隠れている。かすかに吹いている風は冷たかった。それでも新緑の香りを含んだ空気は、梅雨も終わりであることを告げていた。
さて、われわれは鳥になって、まずはグランパラダイスの2階を覗いてみよう。
17/05/04 06:07更新 / 神亀

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