『ソーシャル・ディスタンス』
ブゥー、ブゥー、ブゥー、ブゥー、……、……。
何度、携帯が鳴っても出ない。「どうしたのだろう?」と思い、何気なくリビングのソファーの下を見ると、お爺さんの携帯電話が落ちている。
「携帯を忘れて行ったから出ないのだ」と、納得した途端に目が覚めた。夢だった。
人は人生の終わり、死ぬ時に何を残して死んで逝くのだろう。
あの世に旅立ってしまったお爺さんは、悲しみを私に残して逝ってしまった。看病する時間もくれず、あっという間に突然死んでしまったので、今でも気持ちの整理がつかない。
お爺さんが死んだので、お爺さんの携帯電話は家族によって解約された。お爺さんとの通信手段が絶たれてしまい、二度とお爺さんの声を聞くことができないから、もう心がなごむことはない。
「お爺さんとは再び会うこともできない。もう決して戻って来ない人なのだ」と思うと、胸が締め付けられて苦しくなる。
「春さん」とは本名、伊吹春吉の愛称だ。昔の古い友達は「春さん」と呼んでいたそうだが、何故か?私だけいつも「お爺さん」と呼んでいた。その理由は「春さん」という個人の固有名詞は死んでしまえば無くなるが、「お爺さん」という形容詞には普遍性がいつまでもあるからだ。しかし、お爺さんが死んでから、私も故人へ親しみを込めて「春さん」と呼ぶことにしようと思う。
6月1日、緊急事態宣言が全国で解除された。
世界の新型コロナウイルス感染者は、606万人を突破し、死者は37万人に膨れ上がっている。国内でも、第2波のコロナ感染を充分警戒しなければならない状況だ。
政府の新型コロナウイルス政策が、医療体制強化より経済対策優先の方向に働いて、約1ケ月半の宣言期間中に落ち込んだ社会経済活動の立て直しを計っている。
午後8時、新型コロナウイルス感染の収束を願って、全国一斉に花火が打ち上げられた。全国各地の花火大会が、大勢の観客を集め「密閉、密集、密接」の3密になるという理由から中止になった。コロナ自粛に疲れた人たちに少しでも笑顔になって貰おうと、花火師からの提案で考えられた企画だ。
新型コロナウイルス感染防止のため集客なし、時間は5分以内、午後8時から全国各地で花火が打ち上げられた。花火が大輪の美しい花を咲かせて夜空を彩ると、人々の気持ちは高揚して夏気分を味わい、暗く沈んだ心に暫しの間でも、希望の光が垣間見えたようだ。
「長岡の花火」は、子供の頃からの真夏の風物詩。「長岡の花火」は、放浪の画家「裸の大将、山下清」のちぎり絵に詳細に描かれている。迫力満点の正三尺玉や長生橋から流れ落ちるナイヤガラの滝、連発する大スターマィンなど、何万発の美しい花火が、真夏の夜空を美しく彩る懐かしい光景は、故郷を長い間離れていてもいつまでも忘れえぬものだ。
長岡祭りの花火は、昭和20年の長岡空襲によるB29爆撃機の空爆犠牲者の慰霊と、平成16年に起きた新潟県中越地震からの復興などの願いを込めて、毎年8月2日、3日の2日間に開催され、100万人以上の観客が訪れている。
「新潟県中越大震災復興祈願花火」のフェニックスという壮大で美しい花火は、世界一と言って誇れる花火なので必見である。何度、災害に遭っても不死鳥(フェニックス)のように甦る人々の強い信念を表現している。
「世界へ、未来へ、平和へ」という真夏の夜のメッセージは、感動的でとても美しい。
子供の頃、心に深く刻まれた夏の思い出がある。長岡の花火を見に浴衣姿の母親と信濃川の土手によく足を運んだ。
越後交通本社のある旧河川敷に兄、昭次の家があるのだが、そこの庭で見るより、やはり花火大会の会場となって、大勢の人々が待機して賑わっている土手から見る花火は格別なのだ。
花火会場となる真夏の夜の土手は、日中の強い太陽の陽射しを浴びた草むらから立ち昇るムッとする臭気と、集合した人々の熱い吐息で溢れていた。大勢の観客で埋め尽くされて足の踏み場もない会場への移動は、もの凄い混雑の中、人を掻き分けて行かなければならないので一苦労する。
私は人混みに押されて、すぐ目の前の小さな老人の身体にぶつかり接触してしまう。
「誰か?に後ろから押されたので仕方がない」という困った顔をして、後ろを振り向く素振りをするが、実はそうではない。大きな花火が上がるたびに起こる歓声の渦に紛れて、周囲から気づかれないように自分から進んで巧妙に、好みの年寄りの身体、肉体に接近して行き接触したのだ。
普通なら若い女の子や綺麗な女の人に近づくはずなのに何ということだろうか?どこか同性愛的な歪んだ性の匂いがする。それは私だけの秘儀的で、快楽的な欲望の行為だった。
性的対象となる老人は何故か?田畑の仕事をする農民や手の荒れた大工などの職人さんで、少し小太りの布袋様のような顔をした可愛い年寄りだった。
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