(1)
時は平成4年の4月。
木原酒造の社長室では、会社の重鎮3人が集まり、なにやら難しい顔つきで打ち合わせを行っていた。
「いずれにしろ、あれには何か、役職をあてがわざるをえん――本人のできがどうあれ、曲がりなりにも前社長の一人息子で大株主やからな」
社長の木原昇は言ったあと、溜め息をついた。
だれに対しても直言でならした大園専務が、社長の意をくんで、あとを引き取った。
「そうすると、あまり社業にさしつかえのない部署がいいでんな。総務部なんかはどうでっか?」
「うむ、総務部か――。駄目だ、あそこは経理課で金を扱ってる。紳一は高校生のとき、勝手に父親の預金通帳から100万円引き出した前歴がある。気が付いたときには、すでに全部使うたあとやった」
「そりゃまた大金でんな。高校生が100万円もの金、いったい何に使うたんです?」と大園。
「女を孕ませて、堕胎の費用と慰謝料に使うたそうや」
「――!」
大園は一瞬あっけにとられたが、気を取り直して言った。「でも、紳一さんは35歳になるんでっしゃろ。それに、身を固められて、3人のお子さんがいると聞いてます。やりたい盛りの若い頃とは違いますわ」
ここぞとばかりに木原が、肉づきのよい体を前に乗り出した。
「あいつにだけは、世間の常識が当てはまらんのや。世界を見て回りたい言うて、2年間海外をほっつき歩きおった。挙げ句の果てはアメリカで就職や。それに近頃のあいつを見てると、女から男に宗旨替えしたようや。――男の同志愛に目覚めたとか言いおって。ま、そのへんは父親ゆずりの――」
木原社長の口調が尻すぼみになった。彼の実兄である、先代社長の悪口を言おうとしているのに、気づいたからだ。木原酒造を急成長させた、カリスマ経営者の裏の顔――先代の社長は、無類の男好きだった。
「そやけど、曲がりなりにも木原家の血をひく男でっせ。うちの会社でみっちりと鍛え直せば、なんとかなるんやないでっか?」
大園の言葉に、木原は自分の失言を忘れることができて、ホッとしたようだ。
「ああ、そのへんは、あんたに任せる。わしの甥や言うて遠慮せず、厳しゅうしつけて欲しい。――もっとも、そんなことを遠慮するような、あんたでもなかろうが」
ふたりは顔を見合わせて、ニンマリとした。
それまで黙って、ふたりのやりとりを聞いていた北田相談役が、おもむろに口を開いた。
「お言葉ですが、私は総務部でいい思いますわ」
木原と大園は、顔を見合わせた。ようやく言ってる意味に気づいて、大園が、最年長者の北田に尋ねた。
「また、どうしてでっか?」
「つまり――ぼんは、大学で建築を学ばれています。総務部には、建築設備に関わりのある施設課がありまっから、まずはそこで、うちの会社に馴染んでいただければいい思いましてん」
木原がうなずいた。
「ふむ、そういう考えもありやな。施設課長の植田は施設管理のプロやし、紳一が役に立たなくても、業務に支障ないやろ」
木原はいたずらっぽく笑った。「それで、役職はどうする?」
北田がおっとりと答えた。
「ぼんは大株主でもありますし、部長格でどうでっしゃろ?」
「いきなり部長やて、肩書きをつけすぎやないか?」
そこで思い直したように、社長はうなずいた。「まあ、いいか――しかし、総務部は真山を始め、おとなしいのが多い。紳一が暴走したら、だれがあれを食い止めるんや?」
大園が助け船をだした。
「大丈夫です。次長の福井はしっかり者や。あれは見かけによらず、いざとなれば言うべきことをはっきりと言いますわ。それに、わしも目を光らせていますさかい」
「分かった。じゃあ、北田はんの案でいこう。ただし、紳一の動向は、あんさんたちも注意して見守って欲しい。それから――」
社長は北田の方を見た。「紳一のことは、ぼんなんて呼ばないことやな。木原一族の人間やから言うて、特別扱いはせん。できれば他の社員たちには、あれが先代社長の息子やということは隠しておきたい。このことは、わしら3人――それに、人事の速水だけにしとこう」
そこで木原社長は、話を打ち切るように立ち上がった。
人事課長の速水は、戸惑いと怒りを押し殺して、新任の木原紳一を案内していた。
この男と一緒にいると、いつもの調子が狂いっぱなしだった。会ったとたんに握手をされ――それも思わず悲鳴を上げそうになるくらいの力で。おまけに、可愛らしいお尻やね、なんて平然と彼の尻を触ったりする。
なにごとも洗練されたことを好む速水にとって、この手の能天気な男は、忌み嫌うべき生き物だった。
男はこんがりと小麦色に日焼けして、すっきりとした長身に高価な仕立てのスーツを着ている。その彫りの深い顔を見ていると、丸顔ずんぐりとした木原社長の甥だとは、にわかに信じがたいところである。
「それから秘書は、年配の男性にしてくだ
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