(2)

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その年最後の仕事を終えた景は、家に帰るとすぐ、栗原の運転する車で那須に向かった。
別荘には、先に来ていた祖父の宗春のほかに、運転手の安田とふたりの女中がいた。安田はこの秋に、目黒の屋敷からもとの古巣、鎌倉の屋敷に戻っていた。
そして驚いたことに、祖父を敬遠する秀和が別荘に来ていた。景と秀和の鎌倉の一件は、景のほうからの歩み寄りで和解していた。

夕食の席は、会話もどことなくぎこちなかった。小人数にくわえ、普段はあまり口を利かない秀和がいたからだ。陽気なサヨがいなければ、とても間が持たなかっただろう。
彼らはそうそうに食事を済ませると、暖炉を囲むソファーでくつろいだ。そんなときも宗春は、秀和を無視していた。彼はもっぱら、サヨと景に話しかけていた。
「どうだ、冬の那須は?」
「那須よりも暖炉が素敵。本物の薪の火は、本当に暖かくて心が和むわ」
サヨが満ち足りた表情で言った。
「思った以上にいい所ですね。雪を頂いた那須岳はすごくきれいだし、それに静かなのがいい」と景。
「でも隣の家が離れすぎていて、ちょっと寂しいわね」とサヨ。
「おばあちゃん、ここは別荘地だから、そんなこと当たり前だよ」
景は祖父に尋ねた。「ここの敷地は、どれぐらい広いんですか?」
「そんなに広くはない――だいたい600坪くらいだ」
「ぼくからみればすごく広いですよ。それに、いいところにありますね。那須岳も黒磯の町も、両方に眺望が開けていて――」
「気に入ったか?」
「ええ。とくに夏は最高じゃないかなあ?緑の木々とさわやかな涼風――来年の夏あたり、ここに来てもいいですか?」
宗春が微笑を浮かべた。
「ああ、好きなときに来ればいい。そんなに気に入ったのなら、おまえに譲ってもいいぞ」
景は驚いた。
「ええっ!すごく豪勢な話ですね。――でも、ぼくには不要です。そんなにしょっちゅう、ここに来るわけでもないし。やっぱりここは、藤森家のみんなで利用してこそ、価値がありますよ」
「もちろん私は、冗談で言ったつもりだ」
宗春がいたずらっぽく言った。

サヨは、ふたりの会話にほほえんだ。そして気になっていた。宗春が、景に別荘を譲ってもよいと言ったときの、秀和の顔に浮かんだ表情――どことなく緊張して、自嘲気味の苦笑い。彼女は、祖父に邪険に扱われている秀和が不憫に思えた。
サヨは秀和に声をかけた。
「秀和さんも、よくここに来るの?」
急に声をかけられて、秀和は少し戸惑ったようだ。
「ときどきね――ドライブが好きなんだ」
「そう――外で見かけたけど、頑丈そうな車ね。あの車なら、山道だって大丈夫ね」
景が横から教えた。
「おばあちゃん、あの車はランドクルーザーって言うんだよ。海や山へ行くには最高の車だよ」
「ランドクルーザー?あの車で那須岳に登ったことがあるの?」
秀和が得意そうに答えた。
「ああ、何度もね。とくに冬の那須岳はいいよ。上の展望台からの眺めは最高だ」
「でも、車で登るのは危険じゃないかしら。雪が積もって、タイヤが滑るんじゃないの?」
「大丈夫だよ。ラジアルタイヤだから」
秀和が自慢そうに、鼻をうごめかせた。
「――ラジアルタイヤ?」
「おばあちゃん、条件の悪い道でも走れるタイヤだよ。タイヤの溝が深いから、雪道でも滑らないんだ」
景が横から説明した。
「そう――世の中、便利なものがあるのね」
宗春が会話に加わった。
「どうだ、明日、登れるところまで、那須岳に行ってみるか?」
「賛成!」と景がすかさず言った。
「私は遠慮します。高い所はだめ」とサヨ。
景が笑って、説明した。
「おばあちゃんは高所恐怖症なんだ」
そこで秀和が、不服そうに宗春に向かって言った。
「でもお祖父ちゃん、ぼくの車じゃクッションが固くて、乗り心地が悪いよ」
「大丈夫だ、私と景は安田の車で行く」
宗春はこともなげに言った。

翌朝は、あいにく空が曇っていた。それでも彼らは、那須岳に出かけることにした。ランドクルーザーに乗った秀和が先導し、宗春と景は、安田の運転する車で後ろについた。正月ともなると、那須岳は新雪で覆われ、路面のあちこちに雪が残っていた。
宗春が前の運転席に声をかけた。
「さすがに山のほうは雪が深いな。安田、気をつけてくれよ。大事な結婚を控えた青年が乗ってるんだからな」
安田は、慎重に車を運転しながら、うなずいた。
「承知いたしました、大旦那さま。雪が多くなれば、途中でタイヤチェーンを取り付けることになるかもしれませんが、そのときはご辛抱ください」
景が祖父にたずねた。
「ところで、会長。結婚を控えた青年って、ぼくのことですか?」
「ああ、おまえ以外にいないだろうが」
「でも、ぼくは結婚するなんて、一言もいってませんよ」
「おまえのおばあちゃんが言ってたぞ。おまえには、付き合っている女性がいて
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