(5)

(5)

景は深川のこぢんまりとした料亭で、祖父とふたりきりの会食をしていた。
「やっぱりまずいですよ――」
景は、独り言のようにつぶやいた。
「なにがまずいんだ?」
「いえ、やめておきます。会長のご気分を損ねますから」
「言いかけてやめるな。なにがまずいんだ?」
景はすこし躊躇したが、祖父の顔を真っ直ぐに見て言った。
「銀行関与のことですけど、人事や経営戦略にはあまり口出ししない方がいいんじゃないでしょうか。だって、テクノ21はモノを生産する企業ですよ」
「そんなことは分かっている」
宗春は憮然として言った。
「そうですか――」
「なんだ、その疑い深そうな目つきは」
「会長が本当にお気づきかと思いまして。メーカーと銀行とは根本的に違うということを。メーカーは汗を流してモノを作り、それを売って利益を得る商売ですが、銀行は他人の金を動かして利益を得るんでしょう?」
「それが悪いか」
宗春はムスッとした。
「悪いとかどうだとか言うことじゃなくて――」
景は困った顔をした。

宗春は憮然とした表情とは裏腹に、この変わり種の孫との会話を楽しんでいた。この青年には、彼の知っているもうひとりの男――遠縁で、神戸に住んでいるが――その男とどこか共通点があった。その男も物怖じせずに、堂々と自分の意見を言っていた。
そのうち宗春は巧妙に、話題を孫のプライベートな方向にもっていった。彼は、孫のもうひとりの祖父、神戸にいる上原千尋のことを聞いた。
「お祖父ちゃんですか?ぼくの親友ですよ。それに、ぼくが最も尊敬する人です」
景は嬉しそうに言った。「ぼくはこれまで、なにごとにつけ、お祖父ちゃんに相談してきました。そしてお祖父ちゃんは、いつもぼくを一人前の男として扱ってくれました」
景の顔が、なつかしい人を想ってなごんだ。
「実際、ぼくとお祖父ちゃんは、兄弟のような付き合いをしています。お祖父ちゃんは、イギリスなど外国の駐在大使の経験が長いんで、日本人にしてはちょっと変わった考え方をしてるかも知れません。でもいまは、スコッチと音楽をこよなく愛す、ハイカラなご隠居ですよ」
宗春は孫の話を聞いていて、上原千尋にすこし嫉妬心を覚えた。千尋の話をするときの景の顔は、いかにも好きでたまらないといったように、なごみ、幸せそうだった。

宗春は思い切って孫に訊いた。
「おまえ――私もお祖父ちゃんのひとりだが、私のことはどう思っているんだね?」
景はすかさず答えた。
「会長がぼくの祖父だということは、すごく誇りに思っています。とくに今日、三友銀行にお伺いしたとき、あなたの偉大さを実感しました」
「私が偉大だって?どうして、そう思うんだね?」
「だって、あんなに伝統と格式をもった大銀行の会長でしょう?だれだって偉大な方だと思いますよ」
「――」
宗春は、複雑な心境で孫を見た。「藤森家は、フジモリグループ創始者の直系だ。藤森家の人間なら、グループ企業の社長、会長になるのは簡単だろう」
「そうでしょうか。いまさら世襲制なんて無いでしょう。いくら藤森家の人間だからといって、度量のない人はトップになれないはずです」
「私には度量があると思っているのか?」
「ええ。これまで会長とお話して、会長がいつも筋道の通ったことを言われるのには、感心しています」
「そのわりには、おまえは私を、あまり尊敬していないように見えるがね」
「とんでもないです。ぼくは会長を尊敬しています」
「じゃあなぜ、私のことを、お祖父ちゃんと呼ばないんだね?」
「それは――」
景は言葉に詰まった。
「私が好きじゃないんだね?」
「いえ、そんな――今日はえらく追求してきますね」
宗春は不機嫌に言った。
「なんでそんなに、曖昧な話し方をするんだ。男ならもっとはっきりと言ったらどうだ」
「それはたぶん――ぼくが純粋な大和男子じゃないからでしょう」
「そんなことを言ってるんじゃない」

宗春はひと呼吸おいた。それから一歩踏み込んだことを聞いた。
「おまえは、私がおまえの母親と嘉一の仲を裂いたことを、恨んでいるんだろう?」
景は祖父の顔を見た。母の遺書を読んだとき以来の、複雑な思いが渦巻いた。
彼は胸のうちを正直に話した。
「どう言ったらいいのか――母の死後、父が生きていると知ったとき、ぼくは無性に会いたくなった。でも父さんには、奥さんや子供たちがいた。高名な父や祖父、日本有数の名門の血筋、そんなことがぼくの身近な存在だったなんて――」
景は溜め息をついた。
「でも、皆さんにお会いしたとき、正直言って、皆さんはぼくにとって縁遠い存在だと感じました。それに、皆さんの生活ぶりは、あまり幸せそうには感じなかった」
景は、自分の言葉を打ち消すように、あわてて頭を振った。「ごめんなさい。いまのは、ぼくの受けた印象です。実際はそうでない
[3]次へ
[7]TOP [9]目次
[*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35b