(2)
帰りの車の中で、景と望月はずっと無言で、それぞれの思いにふけっていた。
最初に沈黙を破ったのは、望月社長だった。
「上原くん、東京事務所に寄ってくれないか?」
「東京事務所に?でも、もう遅くてだれも残っていませんよ。それに、車は明日返すことにしていますから」
「ああ、それでもかまわん。ちょっと寄ってみたいんだ」
事務所のあるビルの前に車を停めると、望月はドアを開けながら言った。
「上原くん、きみは先にホテルに行ってくれ。今日はありがとう」
景は、しょんぼりした社長の顔を見て、急に不吉な予感がした。
「社長、ぼくもおつき合いさせてください」
望月はうつろな目で景を見たが、黙って車を降りた。景は車からキーを抜き、社長のあとを追った。
社員の引き上げた事務所は、がらんとしていた。
望月は、事務所長のデスクを前に、ひとりぼんやりと座った。彼の顔はほんの1日で、すっかり老け込んだようだった。
「30年間働きつづけて、やっと大きな夢を掴みかけたと思ったら、とんだ落とし穴があった。人生、そう甘くはなかったな」
望月は、独り言のようにつぶやいた。
景は憔悴した社長の顔を見て、何とも言えなかった。この男には、長い間苦労して作り上げた会社を去っていくか、それとも会社と共に心中するかのどちらかしか、選択の余地がないのだ。
「すべてがうまくいってると油断した、当然の報いか――しかし、これまでの苦労は、なんだったんだろう」
望月は、頭を抱え込んだ。
「社長――」
景は何か言おうとして、咳払いをした。
望月は顔を上げると、初めて景に気づいたように言った。
「きみには迷惑をかけたね。きみのように優秀な人を、ちっぽけな会社に誘って、ほんとうに申し訳ないことをした」
「とんでもない、社長。そんなことを言わないでください。自分の意志で、テクノ21に入ったのですから」
「でも、きみを誘ったのは私だよ。私が誘っていなければ、きみは今ごろ、大手企業の幹部候補生でいられたはずなのに」
「ぼくは、へそ曲がりなんです。大企業は性に合わない」
はじめて望月が微笑んだ。
「私は、きみのそういうところが好きなんだ。実は、今だから白状するけど、将来は、きみを私の後継者にしようと思っていたんだ」
「――」
「きみの明るい性格と明晰な頭脳。それに若いのに沈着冷静だし、どこに行っても物怖じしない。きみは指導者の器をもっているよ」
「社長の買いかぶりですよ」
「もちろん、皮肉屋で、世間知らずの脳天気なところもあるけど」
「あとのほうは、聞かなければよかった」
ふたりは顔を見合わせて、微笑んだ。ほんのつかの間だが、ふたりの間に暖かいものが流れた。
しばらくして、望月が真顔に戻って、寂しげに言った。
「私は社長を退くよ。三友銀行から金を借りれなければ、百人の従業員が路頭に迷う」
「――」
景は黙り込んだ。ふいに、祖父の藤森宗春の顔が脳裏に浮かんだ。虫も殺さぬような穏やかな顔をして、言うことは辛らつで冷徹そのもの。彼は祖父に対して、言いようのない怒りを覚えた。
上原景を部屋から送り出したあと、望月はデスクに着いて物思いにふけった。しばらくして、便箋を取り出すと、今日会った藤森会長あてに手紙を書き始めた。テクノ21を託すという内容だった。書き終えるとそれを白い封筒に入れ、表に『藤森宗春様』と力強く墨書きした。
立ち上がった望月は、すっきりした顔つきをしていた。彼は通りに面した掃出し窓を開け、バルコニーに出た。薄闇に包まれた石畳の歩道では、人の通りもまばらだった。
(この高さなら、死ぬことができるだろうか?)
彼は3階下の舗石を見下ろして考えた。それから手すりに足をかけ、身を乗り出した。
そのとき、まさに飛び降りようとした歩道上に、上原景の姿が現れた。
望月はぎょっとして、動きを止めた。
若者はこちらに気付いているのかどうか知らないが、歩道の上で空を見あげ、ついで車の流れを見ている。
(何をしているんだ?)
望月はとまどった。そうこうする内に、若者は通りかかった警官と何やら話をしだした。それを見ている望月は、ここから飛び降りるのをあきらめざるを得なかった。
景は、別れ際に見た望月の顔が気になっていた。妙に達観したような、寂しげな表情。
唐突に、自殺という思いが頭をよぎった。それで建物を見上げたとき、バルコニーにいる社長の姿に気付いたのだ。
彼は警官に道を聞くふりをした。望月がバルコニーから建物内に姿を消すのを見て、あわてて警官に礼を言った。それから事務所に戻った。
ドアを開けたとき、部屋の隅に社長の姿を認めた。椅子の上に立ち、手にはロープを持っている。どうやら照明器具のフックに、ロープを下げようとしているようだ。
景が声をかけると、望月は凍りついたように動きをとめた。
「社長の体重で
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