第7章 経営危機

(1)

男はうつろな目で、足下を流れる車の列を見つめていた。ヘッドライトの白い光とテールランプの赤い光り――まるで二重のメリーゴーランドを見ているようだ。しかし彼の頭の中は、思考することを停止して真っ白だった。
男は自分を勇気づけるように、大きく息を吸った。それから靴を脱ぎ、橋桁の横にそろえて置いた。手すりを乗り越えようとしたとき、突風が吹いて、あわてて手すりにしがみついた。
しばらくして、ついに男は手すりの外側に立った。彼は下を見てためらい、それから目をつぶると、虚空に飛び出した。

テクノ21の社長室は、重苦しい雰囲気に包まれていた。部屋にいるのは望月社長と岩佐副社長のほかに、工場長の中野、それに、たまたま最初に警察からの電話を受けた上原景がいた。
経理部長が金融取引きで16億円もの欠損をだし、それを苦に自殺した。そんな大金は、小さな会社にとって致命的な損失だった。
「彼は3年間も隠し続けてやってたんだぞ。3年間も――」
望月社長は、頭を抱え込んだ。
岩佐が声を落として言った。
「社長――すべては私の責任です。私がきちんとチェックしなかったばかりに――」
「過ぎたことは仕方がない」
望月は景のほうに向いた。「上原くん、お聞きの通りだ。せっかく優秀なきみをうちの会社に迎え入れたのに、とんだ災難だったな」
「いいんです。それより、16億円の穴埋めをどうするんですか?」
「そんな大金、うちじゃあどうしょうもない。とにかく銀行に事情を話して、救済を頼み込むしかない」
肩を落としてうなだれる社長を、景は声もなく見つめた。その姿には、親しげに背中を叩いたり、いたずらっぽく目を輝かせて冗談を言ったりする、根アカ社長の姿はすっかり影を潜めていた。

そのとき、部屋の電話が鳴った。
「いい、私が出る」
立ち上がろうとする岩佐を押さえて、望月が言った。
「ああ、私だ。うん、わかった。つないでくれ。――あ、会長。ハッ、ハイッ!申し訳ございません。――ハイ――すぐにお伺いいたします」
受話器を置くと、社長はフウッと溜め息をついた。彼の額には汗が浮き出ていた。
「会長は、もう今回の不祥事をご存知だ。すぐ鎌倉に来いって」
「会長が――私も一緒に参りましょう」
岩佐が不安そうに言った。
望月は少し考えてから言った。
「いや、きみはいい。私ひとりで行く」
彼は腕時計を見た。「もう2時過ぎか。今日はおそらく東京で泊まることになるだろうから、東京事務所に連絡してホテルを予約しておいてくれ」
それから言い足した。
「警察や報道陣が来るはずだ。きみは会社で、彼らの対応をやってくれ」
景がおずおずと尋ねた。
「あのう――会長って、どなたですか?」
「昨年、きみがうちに来た頃だったかな、うちの将来性に投資すると言って、新商品の開発資金を融資してくださった方だ」
望月は、溜め息をついた。「三友銀行の藤森会長だ」
その名前を聞いて、景は息をつめた。彼は内心の動揺を押し隠して、平静な声で訊いた。
「藤森宗春――会長?」
「ああ、きみは知っているのか?」
望月が、景の顔を見つめた。
「若干、縁がありまして――」
景は、どう説明しようかと迷った。少し考えて、彼は腹を決めた。「社長、私も藤森会長のところに連れて行ってください」
望月は不思議そうに訊いた。
「藤森会長といったら、大財閥の名士だぞ。――きみは、その会長とどんな関係があるんだね?」
「複雑な関係です。今はこれ以上、お話しできません。とにかく、お役に立てるかどうかは分かりませんが、私も一緒に連れて行ってください」

「このまま引き返したくなったよ」
藤森会長の屋敷の前で、望月は不安そうに言った。
「社長らしくもない。大丈夫、取って食いはしませんよ」
景が運転席から振り返って言った。
彼らはいったんテクノ21の東京事務所に寄って、そのあと支所の車を借りて鎌倉まで来ていた。
望月は緊張した面持ちで、後部座席の隅に肉付きの良い体を押しつけている。
「きみは藤森会長のご威光を知らないから、のほんとしてるんだよ」
「ご威光?」
「ああ、会長が右だと言えば、日本の財界すべてが右に向かうくらいの力があるんだぞ」
「へーえ、すごく力持ちのお年寄りですね」
「冗談はよせよ。聞かれてたらどうするんだ」
望月は車の外を覗き見た。
そのとき、鉄の門扉が重々しい音をたてて開いた。景は車を進めながら、以前見た風景を思い出していた。あのときは父親と一緒だったが、その当時と様子はちっとも変わっていない。
玄関口で、執事の津室が出迎えていた。しばらく見ぬ間に、髪に白いものが増えていた。老人は景を見て、すぐに気づいたようだが、何も言わなかった。

ふたりは執事のあとについて長い廊下を歩き、会長の部屋に向かった。
景が8年前に訪れたときと同じ位置に、藤森
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